第69章 私は…
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「うっ、ひ…く…うぅ…」
泰葉と両親は駅に向かって歩く。
智幸と花枝は顔を見合わせながら、泰葉の背を摩る。
智「…泰葉、本当に良かったのかい?」
「…う、ひっ…うん…」
両親ははぁ、と息を吐いた。
こんなに泣かれて、到底良かったとは思えない。
花「…とりあえず、あそこの茶屋で落ち着くまで休ませてもらいましょうか。
こんなんじゃ、危なくて歩けないわ。」
確かに前など見れたものではない。
泰葉は誘導されるがまま、茶屋まで歩き、椅子に腰掛けた。
花「泰葉、お母さん達だけでも本当の気持ちを教えてくれない?杏寿郎くんの事、愛しているんでしょう?」
智「昨日も言ったが、お父さん達の幸せは泰葉が幸せで居てくれることなんだ。
こんなに泣いてるんじゃ、お父さん達だって悲しいよ。」
泰葉はスンスンと鼻を鳴らし、両親の顔を見た。
茶屋の娘さんが、気を利かせて冷たいおしぼりを持ってきてくれ、それを目に当てながら泰葉は話し始める。
「私…私はっ…う、私はっ…」
一歩間違えば過呼吸になりそうな呼吸をしながら、一生懸命言葉にしようとする。
でも、なかなか整わず、言葉が進まずにいた。
花「良いのよ。貴女の人生は貴女のものでしかないの。」
背中に手を当てられ、ほんのりと温かさを感じる。
そうしていると、幾分呼吸も整ってきた。
「私は…杏寿郎さんが好きよ。勿論、愛しているわ。」
「でもね、夢に出てくるの…。あの男達が…。
傷モノのお前が杏寿郎さんの隣にいて良いわけがないって…。」
智「泰葉は、どうしたいんだい?
一緒にいたい?いたくない?」
智幸の質問には迷う余地など無かった。
泰葉は食い気味に返す。
「それは、一緒にいたかった…!一緒にいて、歳を重ねていきたかった…!!」
智「うん。そうだね。
夢に出てくる男達は、今泰葉の心に傷が深くついているからだ。
その傷を癒せば、夢に見なくなる。
泰葉は汚くもなければ、穢れてなんでもない。」
優しく微笑む智幸が、ふと前を見据えた。
智「そして、その傷を癒してくれるのは1人しかいないんだ。」