第68章 諦め
退院の前日。
し「うん、すっかり薬の方も抜けたようね。予定通り明日には出ても大丈夫です。」
「ありがとう、よかった。」
し「…明日は煉獄さんにお迎えを頼みましょうか?」
しのぶはにこりと泰葉に尋ねる。
しかし、肝心の泰葉は顔を引き攣らせた。
「そ、それは…」
答えを濁していると、コンコンと扉が叩かれた。
ア「失礼します。泰葉さんのお友達がお見えです。
由梨恵さんという…、先日保護された方ですね。」
「由梨恵⁉︎来ているの?」
しのぶが通してもいいと頷くと、アオイが由梨恵を室内へと誘導した。
由「…泰葉!!!ごめんね…、ごめんね…!!」
入ってくるなり、由梨恵は泰葉に抱きついた。
そして大粒の涙を流しながら、何度も何度も謝る。
「謝らないで。もう何ともないから…。由梨恵は?大丈夫?」
由「う、ん…。ぐすっ。
あの日ここに連れてきてもらって…、薬…もらったから…もう大丈夫…うう…」
由梨恵の背中を摩りながら、元気そうな姿にホッと胸を撫で下ろす。
しのぶとアオイは、2人にしてあげようと会釈をして病室から出ていった。
由梨恵は唯一媚薬を飲まされなかった。
ぐったりしていたのは、痺れ薬を打たれていた為。
だから記憶もそこそこにあった。
由「私のこと…庇ったら、変な薬飲まされたのよね?
ごめんね、本当にごめん…。」
「謝らないで良いってば。由梨恵が無事でいてくれたのが、何より嬉しいよ。」
由「貴女の旦那さんが、来てくれなかったら…今頃…」
そう言って、また泣き出す由梨恵。
旦那さんとは、杏寿郎の事だ。
(本当に、杏寿郎さんが寸前で助けてくれたんだ…)
そう嬉しく思うのと同時に、胸がチクリと痛む。
「由梨恵、あのね…」
泰葉が声をかけると、由梨恵はぐちゃぐちゃな顔を傾げた。
「私、婚約を破棄しようと思って。」
由「…えぇ⁉︎」
泣き腫らした目が、これでもかと見開かれる。
驚くのも無理はないだろうと、泰葉は力無く笑う。