第68章 諦め
泰葉は受け取った食事を病室の机の上に置く。
こんな状況でも、食事を見ればお腹が空くのは悔しいが仕方ない。
特に美味しいと分かっている、アオイの料理ならば尚の事。
「いただきます。」
温かい食事が体に染み渡っていく様だ。
美味しい。
そして、自然に涙が溢れた。
コンコン。
扉が叩かれる音がして、泰葉は慌てて涙を拭う。
アオイが筆などを届けてくれたのだろう、そう思った泰葉は気丈に返事を返す。
「…はい。」
杏「泰葉さん。杏寿郎だ。」
アオイだと思った主は杏寿郎だった。
思わぬ相手に、一瞬にして緊張が走る。
「…っ」
返す言葉が見当たらず、どうしようと戸惑っていると、杏寿郎は開けても良いかと問いかけてきた。
「…だめです。ごめんなさい。」
杏「…それは、何故?」
「合わせる顔が…無いからです。」
例えば、杏寿郎は「そんな事はない」というだろう。
でも、泰葉からしたら、一生のうちにも二度とないであろう失態なのだ。
それを「そんな事はない」の一言で片付けられるものではない。
泰葉は掌を固く握った。
杏「そうか、分かった。」
杏寿郎からは泰葉の予想に反した言葉が返ってきた。
そして、すんなりと引き退られるこの現実。
(あぁ、やっぱり…)
泰葉は目から自然と涙が溢れ出る。
今さっき、引っ込められたというのに今度は引くのに時間を要しそうだ。
「…う…ひ、く…」
泣いてはダメだと思えば思うほど涙は溢れた。
杏「…では明日また来る。」
そう言って踵を返す音がした。
(言わなきゃ…、ちゃんと…)
「きょ、杏寿郎さんっ。」
杏「ん?」
杏寿郎はきっと立ち止まり、こちらを向いてくれているのだろう。
泰葉は言葉を選ぼうとするもの、良い言葉が見当たらずはくはくと口を金魚のように動かした。
杏「どうした?」
「あ、あの…。」
「もう、私には構わなくて結構です。
…明日からも…来ないでください。」
泰葉から出た精一杯の言葉だった。