第68章 諦め
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しのぶが出て行った後、泰葉は外を見る。
明るくなると、外には蝶が羽ばたき始めた。
泰葉が窓を開けて、指を差し出す。
ヒラヒラと蝶は近くを飛ぶけれど、なかなか指に止まりはしない。
「やっぱり、汚れた私は嫌よね…。」
全てが負の方向に思えてくる。
こんな自分には蝶さえ寄ってきてくれない。
しのぶのことも怒らせてしまった。
(しのぶさん…私は男に抱かれていないって…言ってた…)
男のニヤついた顔、身体を舐められた不快感、気持ちの悪い口付け…。
そして、反応して声を上げる自分。
それらは記憶にあるのだが、そこからが全く覚えていない。
この胸元を見るに、自分は最後まで抱かれてしまった。
そう思っていた。
(…その前に、杏寿郎さんが助けてくれたのかしら…)
そう思うと、少し心が暖かくなる。
だが、それと同時に他の男に感じていた自分を見られたのではないかという不安にも襲われた。
「そうよ、見られたに違いないわ…。」
今までの杏寿郎なら、こういう時は必ずと言って良いほど側にいてくれた。
少なくとも朝になったら会いにきてくれていたのに。
自分しかいない病室。
きっと幻滅されたに違いない。
「…来てくれても、合わせる顔は無いのだけど…」
そう力なく笑うと、扉がコンコンと鳴った。
泰葉はピクリと身体を緊張させる。
杏寿郎だろうか。
だとすれば、とてもじゃ無いが会える状況では無い。
ア「泰葉さん、朝食です。」
「…あ、はい。ありがとう。」
泰葉が扉を開けて食事を受け取る。
アオイはその様子に、心配そうに顔を覗き込んだ。
ア「泰葉さん、大丈夫?
顔色が悪い…。しのぶ様を呼んできましょうか?」
「ううん、大丈夫。
あの、便箋と筆を貸して欲しいの。
私の両親に手紙を書きたくて。」
ア「えぇ。分かった…。
後で持っていくわ。」
アオイはまだ心配そうにしながらも、にこりと笑ってその場を後にした。