第68章 諦め
〜杏寿郎視点〜
夜が明け、外がはっきりと明るくなった頃、俺は蝶屋敷を訪れた。
それは泰葉さんの見舞いの為。
本当はずっと隣にいたかったが、家で心配している父と千寿郎に説明もしなくてはならなかった。
それに…。
杏寿郎の手の中でシャラっと光る小さなルビー。
これは留め具が壊れていたので、直してもらった。
また付けてもらいたい。
泰葉さんは目を覚ましただろうか…。
嫌な記憶を思い出したりしてなければ良いのだが…。
不安と期待の入り混じったような心持ちの中、廊下を歩いていると何やら話し声が聞こえる。
あぁ、泰葉さんの部屋からだ。
無事に目を覚ましたのか。
気分はどうだろうか。
ショックを受けてはいないだろうか。
扉に手をかけようとした時、ざわっと胸騒ぎがした。
「しのぶさん、私…杏寿郎さんと結婚するの、諦める…。」
ピタリと手が止まる。
と、同時に時も止まったような気がした。
泰葉さんは何を話しているのだろうか。
諦める?
何のことだ?
よもや、俺は日本語が分からなくなってしまったのだろうか。
これは…夢か?
俺は何か悪い夢でも見ているのか?
泰葉さんが、胡蝶に話す内容は俺の耳にも入ってくる。
しかし、俺が拒否をしているのか、全く覚えていなかった。
「あー、よかった。これで独り身でいたって、親も諦めるでしょうし、杏寿郎さんもまだ21歳。
若いから次の結婚相手を探してもらえる。
今度はちゃんと若くて可愛い方と…」
俺はその言葉を聞いたところで部屋に入ることを止め、そっと部屋から離れて行った。