第68章 諦め
泰葉は暫くぼーっと窓の外を見つめる。
しのぶは心配そうにその様子を見ていた。
「しのぶさん、私…杏寿郎さんと結婚するの、諦める…。」
し「えっ⁉︎」
しのぶは驚き口に手を当てる。
自分の耳は何を聞いたのか…。
聞き間違いだと思いたかった。
そして、ハッと扉の方を見る。
し「泰葉さん、あの…」
「私ね、最初からずっと思っていたの。相応しくないんだろうって。」
「治癒能力も、戦闘能力も持って生まれたもの。
偶然杏寿郎さんが適合者であってくれたから、ここまで生きてきた。
それは本当にありがたいことだし、奇跡だと思ってる。」
しのぶが口を挟むことなど許さぬと言うように、泰葉は一方的に話し続ける。
「でも、結局はこうなってしまった。
他の男に嘘でも感じてしまった女なんて、あんな素晴らしい男性(ひと)と一緒になって良いはずがないの。」
し「そんなこと…」
「あー、よかった。これで独り身でいたって、親も諦めるでしょうし、杏寿郎さんもまだ21歳。
若いから次の結婚相手を探してもらえる。
今度はちゃんと若くて可愛い方と…」
し「泰葉さん⁉︎」
しのぶの大声で我に帰り振り返ると、彼女は少し怒っている様子だった。
し「それは…煉獄さんの気持ちはどうするの?
ご両親や槇寿郎さん、千寿郎くんは?」
「…怒られるでしょうね。でも仕方がないの。」
し「そんな…」
「ほんの一年の間だったけど、杏寿郎さんには本当に幸せな夢を見せてもらったし、皆さんにも感謝してる。」
ふと笑ってみせるが、その笑顔には覇気が無かった。
「杏寿郎さんじゃ無かったら、不死川さん達がもらってくれるって言ってくれたけど、こんなんじゃ…貰い手がつかないわ。」
し「泰葉さんが、それで良いのなら…
それで幸せになるのなら…止めはしません。ですが、よく考えてみてください。
一応言っておきますが、泰葉さんはあの男達に抱かれた訳では有りません。危ないところでしたが、未遂で済んでいます。」
し「私は…思い直してくれると、信じています。」
そう言って、しのぶは部屋を出て行った。