第68章 諦め
し「泰葉さんっ⁉︎」
泰葉の声を聞きつけたしのぶが、慌てて駆けつける。
ガタガタと震える泰葉。
し「泰葉さん?大丈夫?しっかり!息を、息を吸って!」
自分を抱きしめるように両腕を掴む泰葉の手は、すごい力だった。
しのぶは鎹鴉の艶を呼びつける。
し「艶、煉獄さんに連絡を…」
「やめて!!」
しのぶの言葉を遮るように、泰葉が叫ぶ。
しのぶも艶も、その様子に驚き肩を跳ねさせた。
し「泰葉さん、煉獄さんですよ?」
「だめ、杏寿郎さんを呼ばないで…!!呼ばないで!!!!」
しのぶはこの状態で杏寿郎と合わせるのは危険だと判断し、艶に向かわせるのをやめた。
し「泰葉さん、取り敢えず落ち着きましょう。
大きく吸って…吐いて…吸って…吐いて。」
しのぶの誘導に合わせ呼吸を繰り返す。
少しずつ体の震えが治まりはじめた。
「しのぶさん…私、私…」
し「今は安全です。とりあえず落ち着いて。
アオイにお茶を淹れてもらいましょう。
甘露寺さんに紅茶をいただいたから。」
しのぶは立ち上がりアオイに声をかける。
心配して部屋の側まで来てくれていたアオイは、快く紅茶を淹れに行ってくれた。
し「いい香りの紅茶を飲めば、少しは心が安らぐでしょう。」
部屋の明かりをつけて、しのぶは泰葉の隣に腰掛ける。
し「悪い夢でも見ましたか?」
「…うん。とても嫌な夢。
夢であって欲しいけど、夢じゃなかったみたい。」
浴衣の合わせをキュッと握る泰葉の様子に、粗方予想がついたしのぶ。
そこにアオイが紅茶を持って来てくれた。
紅茶の芳醇な香りがこの空気を癒してくれる気がした。
し「一先ず、いただきましょうか。」
「…うん。」
ふぅ…と少し冷ましてから、一口啜る。
紅茶の良い香りが鼻から抜けていく。
温かいものを身体に入れると、強張った身体が解けていくようだ。
(あの日飲んだ紅茶も、美味しかったな…)
泰葉の頬を涙がツー…と流れた。