第66章 消失
一方で一部始終をヒヤヒヤと見守っていた由梨恵。
何とか殴られたりせずに泰葉が解放されて、ホッと胸を撫で下ろす。
由(良かった、大丈夫だったみたいね…)
天「落ち着いたのかな?」
天元は知らないフリをして由梨恵に問いかける。
由「え、えぇ。お騒がせして申し訳ありません。」
天「貴女が謝ることではありませんよ。あの男が…いけないんです。」
そう微笑みかけると、由梨恵はぽっと頬を赤らめる。
すると、天元は何かを閃いたように、パッと目を見開き立ち上がった。
杏「…先生?」
天「杏(きょう)くん!思いついたよ!新しい話を!!」
杏寿郎は一瞬ポカンとする。
(宇髄は何を言ってるんだ?)
だが、そういうことかとすぐに悟る。
杏「本当ですか!!!!それはすごい!!」
天「杏くん、声が大きすぎるよ。さぁ、早速あの男を追うよ。」
演技に力みすぎて、声の加減ができなかった杏寿郎を天元は困ったように制する。
そして、杏寿郎に男を追うと立ち上がらせた。
由「えっ、追うって…!あの人達は危ないですよ!!」
天「この閃きを逃したくないんだ。何も注文しなくてごめんね。…これで。」
天元は由梨恵にお金を握らせた。
所謂チップ。
由梨恵はいい男に手を握られたと思考が停止してしまっている。
天元と杏寿郎はその隙に店を出ることにした。
「ありがとうございました。」
泰葉が丁度出入り口付近に戻ってきて声をかける。
天元はそれよりも先に男達を追って姿を消した。
杏寿郎は泰葉に気付き、学帽を目深に被り直して踵を返す。
杏「大事ないか?気をつけるんだぞ。」
「は、はい…」
会話はそれだけ。
泰葉は急に客が戻り、自分の手首を掴んできた為、びっくりしている。
杏寿郎は、天元と合流する為パッと泰葉を放し、軽く会釈をして店を出て行った。
互いに自分の愛する人であると目で見て確信は持てていない。
だが、互いに分かっていた。
(あれは…杏寿郎さんだ…。)
杏(あれは…泰葉さんだ…。)