第66章 消失
杏「すまない、泰葉。」
「ごめんなさい、杏寿郎さん。」
2人は誰もいない空(くう)へと呟いた。
千「1人で大丈夫ですか?」
「大丈夫!何があっても対処できるし。」
槇「…まぁ、気をつけてな。」
出かけようとする泰葉を心配するのはここに2人。
大と小の顔が同じように眉を下げている。
「夕飯までには戻ります。」
泰葉はこちらにも罪悪感を抱えながら、玄関を出た。
(やっぱり嘘をつくのは辛い…。また言われたら今日限りにしてもらいましょう。)
泰葉は心にそう決めて、パーラーへと足を急ぐ。
万が一、杏寿郎に出くわしたら大変だ。
急足で向かっているとき、泰葉は少し自分に変化を感じる。
(あれ…なんか、疲れやすくなってる気が…。体力が落ちて来てしまったのかしら。)
以前はこのくらい急いでいても、疲れることなくいれた気がする。
しかしそれは劇的な変化ではなく、そんな気がする…程度だった。
間も無くしてパーラーが見えてきた。
そこにちょうど由梨恵の姿。
由「おはよー、泰葉!今日は…」
「しーっ!」
大きな声で叫ぶ由梨恵を慌てて制す。
どうしたのかと首を傾げる由梨恵に泰葉は説明をする。
由「えーっ、じゃぁ千寿郎くん達に嘘ついて来ちゃったの?」
「う、うん…。だってとても大事にしてくださる人達でね。
最近働く女性が攫われてるでしょ?だから尚更…。」
由「あー…、本当ごめんね。その事件も知ってるんだけど、無理に来てもらっちゃって。」
「ううん、貴女がこんな誘いをするのは…本当に困ってるって知ってるから。」
基本的に由梨恵は人を巻き込むような頼みはしない。
そんな彼女が、日曜だけ働いて欲しいと言って来たのは珍しい事だった。
それに、女性が攫われていると知りながら。
だから泰葉は断る気になれなかったのだ。
由「もし見つかっちゃったら、私謝るね…。」
「はは、見つかりたくないなぁ。」
見つかった時には彼は怒るだろうか…。
いや、悲しむだろうな…。
由「…じゃぁさ。」