第66章 消失
『1日に一度は口付けを…』
このネックレスを贈られた時に、交わした約束。
「杏寿郎さん?この約束って、する意味あった?」
杏「む?」
「なんだかんだ、毎日口付けをしてる気が…。」
泰葉が毎日を思い出しながらそう言うと、杏寿郎は違う違うと首を振る。
杏「毎日しているのは俺からしたものだろう?俺が言う1日一回は泰葉さんからしてくれる口付けだ。」
毎日しているのは、杏寿郎から誘いそれを泰葉が受け入れている。
そうではなく、泰葉から…。
つまりは泰葉が杏寿郎の顎を取り、唇を寄せ…。
想像しただけで真っ赤に染まっていく身体。
杏寿郎から見える可愛らしい耳も血液が溜まり始めたかのように真っ赤になった。
うまく伝わっていなかったのか…と思う半面、このような新鮮な反応をする事に愛おしさが募る。
杏「…ということで、帰ったら待っているからな!」
「きょ、今日はさっきので…」
杏「さっきのは治癒のために使っただろう?俺はきちんと愛情表現のみの口付けがいいんだ。」
ニッと笑い、泰葉の唇に人差し指をムニっと押し付ける。
杏「友と沢山楽しい話をしてくる、その内容と共に。」
「…はい。」
杏寿郎の色気を含むその仕草に泰葉は頷くしかできなかった。
(もう…首を振れるわけがない…)
時計を見ると9時になろうかとしている時間。
杏「おっと、こんな時間か。
さて、そろそろ宇髄の元へ向かう。送ってやれず申し訳ない。」
「大丈夫、気にしないで。私も間も無く出るから。」
杏「なかなか早い出なのだな。十分気をつけて、楽しんでおいで。」
「楽しんで」友と会う約束だと思っている杏寿郎の優しい言葉が、今日は胸の中にある罪悪感にチクチク刺さる。
それでも、ここまで来てしまった以上、やり切るしかない。
「杏寿郎さんも気をつけて。」
杏「あぁ。」
罪悪感を感じているのは杏寿郎も同じ。
久しく離れていた、【自分の生命も脅かす危険】に向かうのだから。
杏寿郎は、また口付けを一つ。
そして、にこりと微笑み宇髄邸へと出かけていった。