第65章 嘘
離れの縁側、2人はそっと月を見上げる。
杏「今日は満月か。」
「えぇ。空気が寒く澄んでいるから、とても綺麗ね。」
杏「月明かりに照らされる君は、より綺麗だぞ。」
「あら、杏寿郎さんも綺麗よ。私よりずっと。」
月に照らされる杏寿郎は本当に綺麗だ。
杏「ほぅ、俺のことも褒めてくれるのか。だが、泰葉さんより綺麗とは…それはちょっと違うな。
もっと自分の美しさを自覚したほうがいい。」
そう言って、杏寿郎は泰葉の輪郭に指を差し込み掬い上げる。
杏「帰ってきたら…君を堪能しても良いと言っていたな?」
「そ、そんな事…」
杏「言ってない… 忘れたなんて言ってくれるなよ?泰葉。」
大きく綺麗な双眼がじわりと細められ、そこから覗く瞳には熱い焔(ほのお)が灯る。
この瞳に捕らえられたら、もう逃げられない。
杏「…ところで、日曜はその友人と2人で出かけるのか?」
「えっ…?えぇ、2人よ。由梨恵という女性なの。文もたまに交換しているわ。」
杏「ならば良かった…。君が動揺したように見えてな。男もいるのかと思ってしまった…。」
杏寿郎は申し訳なさそうに眉を下げる。
杏「泰葉の事になるとどうしても狭量な男になってしまう。
…どうか、許してくれないか。」
「ん…」
そのまま口付けられた唇が、杏寿郎の熱が移ったように熱い。
杏寿郎の瞳には、次を求めるような表情をした自分が映る。
「杏寿郎さん…。」
強請るように名前を呼べば、杏寿郎は鼻先が付く距離で首を傾げる。
杏「ん…?どうかしたか?」
どうかしたかなんて、分かっているくせに。
「堪能…するんでしょう?」
まさかの返答に、杏寿郎の目が見開かれる。
杏「よもや…。泰葉さんからお誘いが来るとは夢にも思っていなかったな…。」
「誘っ…⁉︎」
杏寿郎は口元を左手で覆い、頬から耳まで赤くしている。
そんなに刺激的だったろうか…。
杏「…ならば部屋に戻ろう。ここでは冷やしてしまう。」
そう促され、部屋に入った2人は "堪能する" の言葉通り、夜更け過ぎまで体を重ねた。
泰葉が先に気を遣ってしまったときには、夜明けの近い頃。
杏寿郎も身を整え眠りについた。