第65章 嘘
離れの鍵がガチャ…と音を立てる。
杏寿郎は草履を脱ぎ、部屋へと入ると少し温まり始めた空気が纏ってきた。
杏(…部屋を温めておいてくれたのだな。)
もしまだなら自分が火を起こしておいてやろうかと思っていた。
そっと火のそばに座り、パチパチと音を鳴らす炭を見つめる。
しばらくすると、泰葉が湯浴みから上がってきたようで物音がし始めた。
これから話すのは祝言よりも先に籍を入れたいという事。
それは、泰葉が西ノ宮から煉獄となるという事。
彼女しかいなくなってしまった西ノ宮を、どうしたいと思っているのか…。
本当はそのことについても詳しく話さなくてはならなかった。
杏(本当は俺が引き腰だったのかもしれんな…。)
ここまでの話は割とトントン拍子で進んできたように思う。
だが、いざとなった時やっぱり…となる事だってあり得るのだ。
「あら、早かったのね。どう?部屋は暖かい?」
杏「あぁ。火を灯してくれていたお陰で、来る頃には程よくなっていた。」
「なら良かった。」
火鉢の側に座り、濡れた髪を乾かす泰葉。
少し頭を傾けて手拭いで拭き取る仕草は目を見張るほど艶かしい。
杏「どれ、こちらにおいで。俺が拭こう。」
杏寿郎が手招きをすると、泰葉はほんのり笑みを浮かべ杏寿郎に背を向けた。
「蝶屋敷で、想いを伝えてくれた時もこうして髪を乾かして貰ったわね。」
杏「あぁ。あの時湯上がりの君に惚れ惚れした。」
くくっと笑う泰葉。
杏寿郎は首を傾げる。
杏「なぜ笑う?」
「杏寿郎さんは本当にお上手だなって思って。」
杏「む、お世辞で言ってると思っているのか?俺は思ったことを言っているだけだ!」
「えぇ。それも分かってる。私は嬉しいわ…。」
電気のついた部屋の中、泰葉の白い項が覗く。
朝はここに自分の印がついた。
やはり今は消えている…。
もう一度つけたい…。
そんな欲が頭をよぎり、慌てて首を振る。
杏(いかんいかん!今は話をしなくては…!!)