第65章 嘘
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コトコトと大根の煮える音と出汁のいい匂いが立ち込める。
千「僕、雨戸を閉めてきますね。」
「うん。お願いします。」
冷え込みが出てきたこの時期には、日が暮れると雨戸を閉める。
寒さが入ってこないようにする為だ。
煉獄家は広いので雨戸を閉めるのも一苦労。
泰葉もやろうとするが、力もいるため時間がかかって仕方がない。
それをいつも千寿郎が率先してやってくれるのだ。
「やっぱり千寿郎くんは優しいなぁ…。」
大根の火の通り具合を菜箸で確認しながらポツリと呟くと、ふわりと背中が温かくなる。
杏「優しくて自慢の弟だが、兄の妻の心まで攫ってしまうのはいただけないな…」
耳元で囁かれる少し低い声。
それは自然と体の中心に痺れるような感覚が訪れる。
「き、杏寿郎さんっ…。急に来られると吃驚します!」
杏「可愛い君を見ていたら、どうも聞き捨てならない言葉が出たのでな。」
にこりと笑う杏寿郎。
いつから見ていたのだろうか。
杏「今宵、君の部屋へ行っても良いだろうか。
話がしたい。俺たちの今後について…。」
「は、はい…。分かりました。」
杏寿郎はピッタリと身体を添わせ、泰葉の腰元から腹にかけて腕を回す。
それだけでドキドキと心臓が高鳴り、大根の様子どころではなくなってしまう。
そしてスーッと首元で息を大きく吸われれば、ゾワリと粟立つ。
「んっ…」
杏「こら、こんなところでそんな声を出してはダメだ。」
「じゃ、やめて…」
杏「俺は息を吸っただけだが。」
そんな意地悪を言う杏寿郎を振り返り睨むと、にこにことしている。
「もうっ…」
杏「おっと、千が戻って来たか…。」
杏寿郎はパッと離れ、何事もなかったかのように立っている。
それに対して泰葉の顔は真っ赤になっており、その熱が中々引く事ができずにいた。
千「あ、兄上。大根のいい匂いに釣られましたね。そぼろ煮だそうですよ!」
杏「あぁ!実にうまそうな匂いがして覗きにきたところだ!あわよくば摘み食いでもと思ったが、千が来てしまっては貰えなさそうだな!」
はははと笑う杏寿郎。
泰葉はとんだ嘘つきだと目を見開く。
大根はおかげでよく煮えすぎてしまった。