第64章 焦りと余裕
「ち、違うかな…。」
千「てっきり、わんこ蕎麦でなくても早食い競争とかかと…」
だんだん赤面していく千寿郎。
そんな幼気な少年に、大きな声で「蕎麦屋の2階に!」と言わせて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
泰葉は杏寿郎と先日蕎麦屋の2階を体験した。
アレは大人の時間のものだ。
千寿郎にはまだまだ早い。
だが一方で千寿郎の頭の中では
——はい、じゃんじゃん♪
はい、どんどん♪——
となっていたと思うと、口元が笑わずにはいられなかった。
「いつか、千寿郎くんが愛する人ができた頃には分かるわよ。」
千「愛する…。」
「泰葉さんは、行ったことがありますかっ?」
「ん…えっ?」
泰葉の中ではこの話は終わりにしたつもりだった。
愛する人ができて、愛を伝え合いたい…
そう思った時に来れば良いと。
だが、千寿郎から返ってきたのは、まさかの質問で。
千寿郎の顔を見ると、至って真面目な表情。
…これは無碍にもできない。
「う、うん…。」
千「…兄上とですか?」
「うん。」
その答えを聞いて、千寿郎は顔を真っ赤に染める。
きっと彼の中で大凡の予想ができたのかもしれない。
そして、それを確信するための質問だったのだと。
千「…そうですか。」
千寿郎は赤い顔で、ちょっと複雑な表情をして笑った。