第64章 焦りと余裕
千寿郎は泰葉の言っていることが理解できなかった。
泰葉に触れようものが居るならば、鬼殺の時を思わせるような形相へと変わる兄が、泰葉と手を繋いで歩くのを許可するとは、到底思えない。
千「それは、手を繋ぐ事をですか?隣を歩く事ではなく?」
泰葉はニコニコしながら頷く。
「手を繋ぐ事を。
私がね、千寿郎くんとせっかく逢瀬をするんだから、手を繋ぐくらいしても良い?って聞いたの。」
「最初はうーん…って言われたけど、楽しんでおいでって言ってくれて、手を繋ぐまでは良いって。」
千「あ、兄上が…?」
どんな心境の変化だろうか。
「だから、ね。大丈夫。」
そう優しく笑う泰葉に、千寿郎はもう何も言えなくなり、黙って頷いた。
杏寿郎に「すみません」という気持ちと「ありがとう」の気持ちを持って。
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「えと、今日はどうしようか。」
とりあえず2人は街に向かっている。
まだ行き先は決めていない。
千「あ、そうだ。僕、一応予定を決めてきたのです!」
千寿郎がパッと表情を明るくさせる。
幾分緊張も解れてきたようだ。
「本当?すごいね、どんな予定?」
千「あの、僕ずっと活動写真というものを見てみたくて。
それに、お隣さんから南瓜のお礼にと、券をもらって…。」
千寿郎は南瓜を煮るのが上手。
味付けが丁度いい。
それをお隣さんへとお裾分けをしたらお礼に貰ったそうだ。
「活動写真、私もまだ一度しか観たことがないなぁ。良いのがやっていると良いわね。」
そう言いながら泰葉は杏寿郎と観た時を思い出す。
あの時は恋愛ものであり、刺激が強かった…。
現に2人とも我慢ができなくなり、路地裏に入ったのだ。
(ん…?ちょっと待って…。もしそんな感じのだったら?私千寿郎くんとどんな気持ちで観たら良い?
…その前に、千寿郎くん観て良いの⁉︎)
泰葉の頭に不安がよぎる。
純粋無垢な千寿郎だと思うが、歳としては思春期に入った頃と言えるだろう。
それに兄と自分の恋愛事情で、以前よりは鋭くなっているに違いない…。
千「どうかしました?」
「う、ううん。楽しみね。」
泰葉の顔は赤く染まり、誤魔化すことしかできなかった。