第63章 勝負の時
杏「……?」
どういうことかと、兄は固まった。
本当の僕の目的は果たせなかったけど、兄の手に渡ってもらった方が結果は同じだ。
僕は兄に押し付けるように、魚籠を差し出した。
杏「千、それは受け取れないな。」
しかし、兄からは、優しい声で断りの言葉が出てきた。
ドスンッと岩を置くと、僕の差し出した魚籠をやんわりと押した。
杏「正直、俺の釣った魚はこの量より少ない。
間違いなく俺の負けだ。
だが、だからといって受け取るわけにはいかない。」
千「あ、あの、実は自分で釣ったわけではないのです!
これは、宇髄さんから…」
杏「よもや、人のものを盗ったわけではあるまい?」
千「そのようなことは…!!」
杏「ならばそれは、千寿郎。お前の魚だ。
宇髄は手段は問わないといっていた。
それに、宇髄の鴉が来た時には千の手が持っていたんだから。」
兄はハハハと笑いながら、また岩をひょいと持ち上げた。
杏「よし!俺はこれで流れを止めてから向かう。
屋敷までは戻れるな?」
僕はコクンと頷いた。
杏「では、また屋敷で会おう!」
そう言って兄は、大きな岩を持ってるとは思えぬ速さで走り去っていった。