第63章 勝負の時
魚が、また川に戻ることはなかった。
彼の体は、真っ黒に艶めいた大きな嘴に、しっかり咥えられているのだから。
魚が声を出せたとしたら、間違いなく
『…何⁉︎そんなはずでは…!!』
と言っていただろう。
要がバサリと羽ばたき、泰葉の元に戻ると、魚籠にしっかりとその魚を入れた。
「要…!貴方、すごいわ!!」
瞬時の出来事に、泰葉はキラキラと目を輝かせる。
要は少し嬉しそうに、羽の水気を払った。
そして、
『魚ハ 滑ル。 気ヲ付ケヨ。』
と、忠告をした。
その後は、またしばらくゆっくりと時間が過ぎる。
餌は悪くない。
魚も泳いでいるのが目に見える為、場所も悪くない。
しかし、泰葉はもっと面白いほど釣れるだろうと期待していたが故、意外と釣れぬものだとため息を漏らす。
…ドォン!!
「な、何⁉︎」
いきなり大きな音がして音の方を見ると、鳥達がバサバサと飛び立つのが見える。
泰葉達よりも、上流のようだ。
「もしかして、杏寿郎さん…達?」
『杏寿郎サマノ技…カモ…。』
要もその可能性が高いと思ったのだろう。
二人はまさかと顔を合わせた。
「でも今日握ってるのは、こんな細い竿なのよ?」
『…手頃ナ 棒ナラ』
ここは山。
木の棒などいくらでも見つかる。
それに天元は手段は問わないと言っていた。
「じゃぁ、今のはきっとそうね。
…川、大丈夫かしら。」
杏寿郎の技だとして、魚どころか、川自体の心配をする。
どうか新たな流れを出しませんようにと祈った。
すると、
バチバチバチバチッ!!!
と、今度は沢山の何かが破裂するような音が響く。
「今度は何⁉︎」
泰葉と要は、今度は杏寿郎ではなさそうだと、互いに見合わせ首を傾げた。