第63章 勝負の時
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…とまぁ、こんな理由で泰葉が釣り竿を握りしめているのである。
『魚ダ!魚ダ!!』
「…!本当⁉︎え、あ、わっ!
…あーぁ。」
プツリと切れた釣り糸を手繰り、泰葉と肩を落としているのは
杏寿郎の鎹鴉の要。
ここは人の山といえど、やはり熊など野生の動物達も暮らしている。
秋は動物達のほとんどが、冬眠に備えて食料を蓄える。
なので、万が一があった場合、杏寿郎達に逸早く連絡する為に泰葉に要をつけたのだ。
要も自分に優しくしてくれる泰葉のことが大好きな為、今回の釣りにはとても協力的。
水面で羽ばたき魚を追い込んでくれたり、竿が引けば教えてくれる。
「ねぇ、要。
みんなはもう釣れたかしら…。」
そんな弱音を吐けば
『他人ヲ 気ニシナイ! 目ノ前ニ 集中!!』
と喝も入れてくれる。
そうこうしていると、泰葉の手にはピクピクという感覚がきた。
よく見てみると、その感覚に合わせて竿の先も動いている。
「か、要っ!きた、きたわよ!」
『ユックリ、落チ着イテ。』
「ふぅ…。落ち着いて。もっと引いたらね。」
深呼吸をすると、次第にクンッと竿先が下りる。
すると要が『今ダ!』と声をかける。
泰葉はそれを合図に勢い良く竿を引いた。
ピンと張った釣り糸の先には、一生懸命抵抗しているのであろう魚がきらりと光る。
泰葉は慎重に時を見て、また思い切り竿を引いた。
すると、ばちゃばちゃと音を立てて魚が宙を舞う。
竿を立て、釣り糸を手繰ろうとすると、魚が右に左に全身を捩らせるので、今にも川に戻ってしまいそうだった。
案の定、魚を針から外してやると、今だと言わんばかりにビチビチと跳ねる。
泰葉の手からスルリと抜け、また川へと落ちて行こうとしていた。
「あぁ!待って…!」
魚が、心なしか泰葉を馬鹿にしたかのように回転して見せ、もう水面に触れそうな時…
パシッ