第62章 季節外れの春の訪れ
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食事も終わり、泰葉が最後の皿をアオイに渡す。
ア「お客さんなのに、手伝わせてしまってごめんなさい。」
「気にしないで。あんなに美味しいご飯ご馳走になって、何もしないのは申し訳ないわ。」
ア「嬉しい。ありがとう。」
にこりと微笑み合い、泰葉は台布巾をもらってテーブルを拭きに行く。
…とその時、アオイに用があったのを思い出し、踵を返して戻った。
すると、何やら話し声が聞こえる。
誰かな、と思いながら近寄ると、それが伊之助だと気づいた。
泰葉は思わず、気付かれないように壁に背をつけた。
ア「どうしたんですか?まだお腹が空いているんですか。なら…」
伊「違えよ。」
2人の会話は喧嘩腰のようにも聞こえる。
そんな様子に泰葉は焦ったさを感じていた。
そして、はたと気づく。
(…あれ。私盗み聞きじゃない?やだ、盗み聞きなんて!)
心ではそんなことを思いながらも、だからといって立ち去る気もない。
なんなら、最後まで見届けたい。
ア「違うならお茶でも飲んでたらいかがです?」
伊「…っ!お前、俺がここにいたら邪魔なのかよ!」
ア「邪魔に決まっているでしょう!何も用がないなら戻ってください!」
アオイにそう言われ、立ち上がる音がする。
(えっ?伊之助くんまさか本当に戻る気⁉︎頑張って!頑張ってよぉ。)
伊「あっ、あのさっ、いつも…ありがとな。」
しばらくの間があり、泰葉が気を揉んでいると、伊之助の声。
その声は、緊張のような、照れのような。
ア「…え?」
伊「だから!いつも、飯を作ってくれて…ありがとな。」
ア「!!!!」
アオイは驚きできっと目をパチパチさせているのだろう。
なんだかその様子が目に浮かぶ。
(えらい!頑張った!後でこっそり杏寿郎さんにも教えてあげよう。)
「何を嬉しそうにニヤニヤしているんだ?」
突然耳元に響く大好きな声。
「!!!!!?」
驚きと、全身に響く微弱な電流。
思わず声を出しそうになって、慌てて口を塞いだ。