第62章 季節外れの春の訪れ

そのお盆にはおにぎり2つと漬物が少し。



ア「これは、伊之助さんのお盆です。
ここに乗っているものは黙って食べても構いません。
でも、他のお盆のものは皆さんの分もありますから、食べてはダメです。いいですね？」


キョトンと伊之助はお盆を見つめる。
そして、そのお盆をそっと受け取った。


伊「お、おぅ…。分かった。」






その答えを聞いて、アオイはニコッと微笑むと、伊之助の頬は桃色に色づく。










杏「春だな！！！」

「えぇ。でも、こういうことは静かに言った方がいいですね。」



杏寿郎と泰葉がそんなやり取りをしていると、伊之助は早速おにぎりを頬張りながら


伊「あ゛ぁ？お前ら季節知らねえのか？今は秋っていうんだよ。ドングリやキノコがいっぱいなるんだよ。」


先ほどの照れ隠しからか、いつも以上にがっつきながら食べる伊之助。


杏「あぁ。存外君は物知りなのだな！流石親分だ！
しかし、君と神崎少女のようなことを春と呼ぶらしい！」


流石親分だと言われ、ホワホワと嬉しくなる伊之助。
だが、自分たちのようなことを春と呼ぶのは疑問でしかなく、はぁ？と首を傾げるだけだった。



杏「それに、猪頭少年。君の、飯が美味すぎるから摘み食いをしてしまう心理は非常によくわかる！！俺も泰葉さんの料理を早く食べたい衝動に駆られる！！」


「え。」


伊「だろ⁉︎あいつの飯が…
杏「だがな。」


杏「摘み食いをしてしまうと、ちゃんとした食事の時間になって、自分の分を用意された時、初めて頬張った感動はなくなってしまうんだ。
摘み食いで味を知ってしまっているからな。」


ポカンと口を開けて杏寿郎の話を聞いている伊之助。
そして、その肩にポンと杏寿郎は手を置いた。



杏「本当に彼女の料理を美味いと思っているならば、ちゃんと食事をして美味いと伝えるべきだ。
黙って食べては作った人に失礼だし、胸中だけで思ってても誰にも伝わらないぞ。」



ニコッと笑い、肩の手をぽんぽんと軽く叩く。


伊「…わかった…」



伊之助は呆気に取られたように頷いていた。