第62章 季節外れの春の訪れ
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し「はい、あーん。」
「あー…」
毎回、この時は緊張してしまう。
口の中を見られるのは、別になんてことはない。
美人に顎に手を添えられ、至近距離になるのがなんともドキドキするのだ。
し「まだ緊張しますか?大丈夫よ。取って食べたりしませんから。」
そう言って微笑むしのぶ。
「う、うん。しのぶさんに至近距離で見つめられるとドキドキしちゃって。」
し「あらあら。じゃぁ、煉獄さんじゃなくて、私に乗り換える?」
胸を押さえながら、心中を吐露するとしのぶは悪戯な顔をして冗談めかす。
「えっ、ももももう!しのぶさんったら!!」
し「ふふふ。」
顔を赤らめてアタフタする泰葉と、それを見て可愛いなぁ…と微笑むしのぶ。
それじゃ、問診を先にしましょう…と、問診票を開いた時
ドドドド…
「!!」
し「…はぁ。」
杏「胡蝶!!泰葉さんはもう終わりで良いだろうか!!!!」
バンッと開けられた引き戸。
し「煉獄さん?ここがどこだか
杏「泰葉さんは俺が嫁に貰い受ける故、悪いが…」
「杏寿郎さん!!!!」
杏寿郎が、は…と冷静になると、そこには額の筋をビキビキいわせるしのぶと、ジトっと睨む泰葉の姿。
「しのぶさんの診察はまだ終わっていませんので。それに、しのぶさんと結婚できるわけがないでしょう。しのぶさんへの好きと杏寿郎さんへの好きは違いますから。安心して待っていてください。」
叱責の中に紛れた杏寿郎への愛。
それを聞いて、杏寿郎は一瞬間を置き「失礼した!!」とまた戸を閉めて行った。
「もう…ごめんね。しのぶさん。」
し「いえ。煉獄さんがあそこまでポンコツになるのは後にも先にも泰葉さんが絡むことだけ。」
はぁ、とため息を吐き謝る泰葉にしのぶは首を振る。
し「彼はいつでも快活明朗。判断力も早く正確。誰にでも分け隔てない、全員口を揃えて“いい人"だと言うでしょうね。」
泰葉は、やはりそうなのだと改めて思う。
そして見目良し。
こんな人が私の夫になるなんて…。
菜絵もそうだが、私を妬んでいる人など大勢いるんだろうな。
そう思えて仕方がない。