第59章 あなたは誰?
女将の声にビクッと肩を跳ねさせ、野次馬達はそろそろとできる限り道を開けた。
女将が作ってくれた道を、縫うようにして歩く。
こんな格好をしているからか、時に手首を掴まれることもあったが、振り解きながら行くと、漸く目当ての人物が見えてきた。
「すみません、通して…っ!」
最後の人集りを抜けると、泰葉の目の前には驚く光景があった。
杏寿郎は確かにそこにいるのだが、男性に胸ぐらを掴まれ、女性が杏寿郎の腕にしがみつき、杏寿郎は手出しはしないという姿勢をとっている。
店主は胸ぐらを掴む男性を後ろから止めていた。
(何⁉︎なんなのこの状況は⁉︎)
さっきまであんなに穏やかな時間が流れていたのに。
ちょっと席を外しただけで、なぜこんなことになってしまったのか…。
「杏寿郎さん!」
何とか呼びかけると、杏寿郎が泰葉の方に視線を向ける。
杏「…!!」
杏寿郎は泰葉の姿に目を見開くも、関わらない方がいいと目で訴えていた。
しかし、泰葉としては、この状況を見て見ぬふりもできない。
「…一体何が…!!」
泰葉がそう口にすると、杏寿郎の腕にしがみついていた女性が泰葉の存在に気づく。
その女性は遠目で見た、杏寿郎と話していた女性。
この女性は一体…
『あなたは誰…?』
泰葉と女性の声が重なる。
菜絵に気づかれてしまったと、杏寿郎は一つ息を吐き、視線でこちらにくるようにと泰葉を呼ぶ。
威嚇するような視線を向けてくる女性に、泰葉が警戒しながら杏寿郎に近づくと、ぐいっと腕を引かれ杏寿郎の胸元に収まった。
杏「何度も言っていることを繰り返すようで悪いが、俺には婚約者がいる。こちらの女性がそうだ!」
真っ直ぐ前を見据え、泰葉を抱く力を少し強めた。
泰葉は何が何だか分からないでいるが、杏寿郎の胸元から見える女性は、鬼の形相でこちらを見ている。
美しい女性だと思っていたが、今は酷い顔だ。