第59章 あなたは誰?
杏「ここは全て個室で?」
『左様でございます。お品書きは全て店主のおまかせとなりますが、嫌いなもの、食べられないものはございますか?』
杏「俺は何もない!」
「わ、私も大丈夫です。」
『では、少々お待ちを。』
女性はまた頭を下げて出て行った。
泰葉はキョロキョロ室内を見回す。
上品な造りの部屋には美しい花瓶に、色鮮やかな花が飾られている。
この店に本来ならば、一般人など入ることはできないだろう。
「すごい方とお知り合いになってしまったのね。」
杏「知り合いという程でもない。だが、こうして店に入れてくれたのだから、人の良い店主だな!」
そうして、運ばれてくるのは上品で豪華なものばかり。
蕎麦屋と名乗る程なので、湯葉蕎麦は絶品だった。
「んー!美味しいっ!」
杏「湯葉か!ん、美味い!!」
それぞれ量は多くないものの、品数はそれなりにあった。
泰葉は少し多く感じているが、目の前の杏寿郎を見ると、少し物足りないように見える。
「杏寿郎さん。」
杏「ん?」
こそっと、杏寿郎に声をかける。
泰葉は自分の小鉢を差し出す。
「本当はお行儀が悪いのだけど…。私、お腹いっぱいなの。手伝ってくれないかしら?」
杏「…うむ。手伝ってと言われては。」
きっと杏寿郎は、「足りないでしょう、どうぞ」と差し出しても「君の分だから」と遠慮するだろう。
だからあえて「お腹がいっぱい」という旨を伝えて差し出した。
そうすれば、泰葉の頼みならばと聞いてくれる。
泰葉の中で残しては申し訳ないという気持ちも消えるし、杏寿郎の腹も満たされる。
それに
トントン
『旦那、失礼しますよ。』
スッと襖を開けたのは、先程まで厨房にいた店主だった。
『おや、手でも握りあっていたかと思ったが、こんなに綺麗に食べてくれたんですか!こりゃ作った甲斐がありますな。』
ははっと笑い店主も嬉しそうだ。