第59章 あなたは誰?
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ところ変わって。
千寿郎と槇寿郎は、夕飯のため街へと出かける用意をしていた。
2人きりで出かけて、食事をするのは…初めてである。
互いに少しだけ緊張した面持ち。
千寿郎は初めて父と出かけることが楽しみで仕方ない。
以前のような、何を話しても無愛想で、突き放すような父はいない。
何を話そう、何を食べよう、食事の前に本屋にも寄ってくれるだろうか。
そんな事を考えながら、身支度を整える。
一方で槇寿郎は不安を抱いていた。
家での2人での食事は何度かあった。
しかし、年頃にもなりつつある千寿郎は、父と2人きりで出かけるなど嫌ではないか。
千寿郎は心優しく、気遣いができるので、嫌でも嫌と言わなかったのではないだろうか…。
そんな事を考えながら、身支度を整えた。
用意も済んだ頃、トントンと襖を叩く音がする。
槇「…どうした?」
千「僕は用意が整いました。父上はいかがかなと思いまして…。」
槇寿郎は襖を開ける。
槇「俺も支度が済んだところだ。」
「千、父と2人で出かけるので本当にいいのか?」
千「…?」
何のことかと、首を傾げる千寿郎。
その目は真っ直ぐ槇寿郎を見つめている。
槇「年頃の息子が父と2人で街に行くのは嫌じゃないかと思ってな…。」
困ったようにふと笑うと、千寿郎は漸く父の言葉を理解し、驚いたように首を振る。
千「嫌だなんてそんな!!…僕は、父上と2人で出かけられること、楽しみにしておりました。」
千寿郎はきゅっと袴を握る。
槇寿郎はその様子を見て、安堵したのと同時に心の内を言わせてしまったことに申し訳なさが生まれた。
槇「…そうか。野暮な事を言って悪かったな。
俺も楽しみだ。千、食事の前に少し寄り道していこう。本屋がいいか?どこでも付き合おう。」
千「えっ、いいのですか⁉︎…はい!本屋に寄りたいです!!」
パッと明るい表情を見せる千寿郎の頭を撫で、槇寿郎も笑顔をこぼす。
槇「あぁ、俺もみたい本がある。では、行こう。」
そうして、自然と握られた互いの手は
とても温かかった。