第58章 逢瀬
「う、ひゃっ!!」
思い出話をしているというのに、いきなり泰葉が素っ頓狂な声を出す。
杏「どうした⁉︎」
杏寿郎が慌てて泰葉の方を見ると、口元を押さえて少し涙目になっている。
「…痛い…」
杏「⁉︎どうした、舌でも噛んでしまったか?」
杏寿郎はガタンッと音を立てて立ち上がり、グッと泰葉の顎を上げる。
突然の行動に泰葉は驚き目を丸くした。
杏「口を開けてごらん!」
慌てて首を振る泰葉。
杏「口の中を怪我したのかもしれない!見るから、さぁ。」
「ん…、ちがうのっ、怪我とかうがっ⁉︎」
泰葉の話の最中、杏寿郎は自分の親指を泰葉の口に突っ込み、ぐいっと下顎を持ち口を開けさせる。
「う!ひょうひゅろはん、あえへ!(杏寿郎さん、やめて!)」
イヤイヤと首を振る泰葉。
杏寿郎は口内を角度を変えながら、どこが痛かったのかを確認している。
綺麗な白い歯が形よく並んでおり、舌も赤くぷくっと可愛らしい。
何も異常は見られなかった。
杏「…大丈夫なようだ!」
ニカッと笑い、安心しろ!と解放される。
泰葉は慌てて杏寿郎の親指をお絞りで拭いた。
「ちがうのっ、怪我して痛いんじゃなくて、このソーダ水がビリビリして痛かったんであって…!!」
泰葉は顔を真っ赤にして杏寿郎に説明する。
ただでさえ目立っている杏寿郎が、突然立ち上がり向かいの女の口に指を突っ込んでいる状況。
それは、見てはいけないものでしかなかった。
周りの席の客は頬を染めて、チラチラとこちらを見ている。
漸く杏寿郎はその状態に気付き、これはいけないと静かに座った。
杏「…すまん!はやとちったようだ!!」
「私も痛いしか言わなかったものね…。ごめんなさい。ソーダ水の刺激くらいで騒いで…。」
泰葉は今度は身構えてストローを吸う。
すると、またピリピリとした刺激がやってくる。
(…慣れてくれば、この刺激も美味しいかも。)
そう思った時、向かい側から熱い視線を感じ…
チラリと見れば杏寿郎のぱっちりとした目がこちらをじっと見つめていた。