第58章 逢瀬
正直、このようなお洒落な店では店員の顔審査も入っている。
そしてウェイトレスは花形。
それで選ばれた娘たちなのだ。
自分の美貌に自信がある者しかいない。
そんな彼女たちは、杏寿郎が入ってきたときから
泰葉から杏寿郎を誰が奪えるか…。
そんな話で持ちきりだった。
『ねぇ、また私をみていたの。』
『私だってさっき隣のテーブルに料理を運んでいった時、目が合ったわ。』
そんな話をぎゃいきゃいとしていると、注文を受けたウェイトレスが帰ってきた。
『どうだった?墜とせた?』
泰葉達の注文を取りに来たウェイトレスは、このパーラー一の美女。
その彼女なら杏寿郎も、声をかけるのでは…と楽しんでいたのだ。
そんな声に浮かない顔。
『え…?まさか、声かけられなかったの?』
営業スマイルだとしても、彼女に微笑まれれば男たちは恋人の前だろうが、鼻の下が伸びる。
杏寿郎のような良い男、まんまと引っかけられれば彼女たちのステータスとなるのだ。
…それなのに。
『だめ。全く私なんか映らない。ずっとあの女に夢中よ。』
ここで1番の美女が落ち込んでいる。
他のウェイトレスも影から泰葉を覗き見る。
ギギギ…とまだ顔を引き攣らせて、杏寿郎の手から逃れようとしている泰葉は、とてもじゃないがこの娘よりも美女とはいえなかった。
『なんであの女なのかしら。』
『きっとお金よ。どこかの御令嬢なのかも。』
『でも、どう見たって彼は生活に困ってるようにも見えないわよ?』
うーん…。
悩むウェイトレスなど気付くことなく、相変わらず攻防を繰り広げる2人。
杏「もう誰もいないだろう!」
「今度は頼んだものを運んできます!」
すると、急に杏寿郎は手を放した。
いきなり解放された泰葉はどうしたのかと杏寿郎を見る。
恥ずかしいが、それはそれで寂しいものがあるのだ。
杏寿郎はしゅんとした表情を見せる。
杏「すまない、つい舞い上がってしまった…。
一晩会えなかっただけなのに、ずっと会いたくて仕方なかったんだ。ようやく会えて、泰葉さんに触れられると思うと…。」
「そんな…」
杏寿郎の言葉に胸がキュンと締め付けられる。