第58章 逢瀬
『お決まりになりましたらお呼びください。』
可愛らしいウェイトレスが、杏寿郎にわざとらしく微笑みかけて立ち去る。
その様子に泰葉は少し面白くない。
眉間に皺を寄せていると、つんっと眉間に感触を感じる。
杏「皺が寄るとクセになってしまうぞ?」
泰葉の眉間には杏寿郎の人差し指。
「だって…。」
杏「だって?」
杏寿郎をみんなが見るから…。
そう言ってやりたかったが、人の多いところに来て彼を見ない方がおかしいのかもしれない。
「なんでも…ない。」
杏「?」
首を傾げる杏寿郎。
まさかここにいる女性の大半が自分をチラチラと見ているとは思ってもいない。
杏「さぁ、品書を見てみよう。沢山あるぞ、迷ってしまうな!」
スルッ…
向かいあった杏寿郎の右手が、泰葉の左手を撫でる。
ドキッと鼓動が跳ね上がり、杏寿郎を急ぎ見るが杏寿郎は何食わぬ顔で品書を見ている。
「杏寿郎…さん?」
こんな大勢の前で…と言おうとすると、杏寿郎がチラリと脇の席に視線を送る。
泰葉もその視線の先を見てみると、同じように男女が手を取り見つめ合っていた。
他の席も見回すと、男女できている席は大体そんな感じ。
むしろ、黙って座っている方が大丈夫か?と聞かれそうだ。
杏「ここでは、当たり前のようだ。良かったな。」
嬉しそうにニコッと笑うものだから、もう何もいう気になれなかったし、こうして堂々としていられるのは正直嬉しい。
「もう…今だけですからね。」
そんな照れ隠しを口にしながらも、泰葉の口元は正直に緩んでいた。
それを見逃さなかった杏寿郎は、またそれが可愛らしいと口角が上がるが、必死に堪えていた。
杏「さぁ、どれにしようか!」