第58章 逢瀬
それからの泰葉の足取りは軽い軽い。
杏寿郎と繋いだ手をブンブンと振りながら歩く姿は、残念ながら兄妹のよう…。
すれ違う人々も仲の良い兄妹ね。と心和ませていた。
いつもなら人の目を気にすることの多い泰葉であるが、今回は全く気にしていないようだ。
杏寿郎はそんな泰葉が大変可愛らしく思うが、どうしても笑いが込み上げてくる。
杏「く…くくっ」
堪らず笑い声が出てしまい、泰葉はどうしたのかと首を傾げる。
「…何かあった?」
そんなに笑いが堪えきれなくなるほど面白いものが近くにあるのか、と見渡す泰葉を見て、杏寿郎は空いた手で顔を覆った。
杏「くくっ…いや、なんでもない。泰葉さんが楽しそうなのが、何より嬉しいと思った…。それだけだ。」
そう言いながら肩を震わせる杏寿郎。
泰葉は杏寿郎の言葉の意味を考えるように、ここまでの自分の姿を思い返す。
すると、みるみるうちに、茹で蛸のように真っ赤になった。
「や、やだっ!私ったら子供みたいに…!!」
バッと俯き、途端に静かに歩くようになってしまい、杏寿郎は自分の笑いを憎く思った。
あのような姿、なかなか見れるものではない。
杏(今度は笑いを堪える鍛錬もしよう。)
すると、杏寿郎の手を握る力がキュッと強くなった。
視線を泰葉に向ければ、まだ少し俯き気味。
「あの…幻滅した?」
杏「ん?」
「私のあんな行動…呆れた?」
弱々しく呟かれた言葉。
杏寿郎より年上の女が、こんなに子供っぽくしては恥ずかしいと思っているのだろう。
今、泰葉は酷く自分の行動に、後悔しているようだ。
杏「そんなわけないだろう!むしろずっと見ていたかった。あのような無邪気で可愛らしい姿、なかなか見られないだろう!」
杏「それに、そんな姿を見たからと言って幻滅するような、半端な気持ちで泰葉さんと夫婦になろうとしていない。」
泰葉のキュッと握る手に、上乗せするように杏寿郎は手を握り返した。
「本当に?」
杏「あぁ。それより、あんな愛らしい姿は今日だけと言わず、また見せてもらいたいものだ。」
杏寿郎の眩しい笑顔に、泰葉はほっと胸を撫で下ろす。