第58章 逢瀬
「杏寿郎さん?」
杏「ん?あぁ、問題ない。気にさせてしまったな!」
心配そうな顔で杏寿郎を覗き込む泰葉に、出来るだけ何事もなかったように振る舞う。
こんな話、泰葉の不安を煽るだけだ。
杏(あの女性には警戒しなければならないな。)
そう考える杏寿郎を見て、全く勘付かない程泰葉も鈍くはない。
少しモヤモヤとしたものを抱えながら歩き出した。
杏「今日は甘味処に行こうと思うんだが、どうだろう?」
街を歩きながら杏寿郎は泰葉に問いかける。
正直、泰葉もまともに逢瀬というものは初めて。
想いあっているもの同士、一緒にいるだけでいい。
しかし、いざとなると何をしていいのか分からなかった。
「甘味処…?」
まだ胸にモヤモヤが残る泰葉は、杏寿郎にこの黒い感情が悟られないように努める。
自然に返したように思えたが、少しだけ発音に棘がついていたようだ。
杏「…嫌だったか?すまない、甘露寺に新しい店ができたのだと聞いて。小芭内と行ったそうなのだが、西洋のアイスクリム?アイスクリン?などというものが大層美味かったと…。」
泰葉は喜んでくれると思ったのだが、想定外の反応にあからさまに狼狽える杏寿郎。
杏(泰葉さんは今は違う気分だったのだろうか…。見抜けず、不甲斐なし!!)
少ししょんぼりしながら、目線を泰葉に向けると、キラキラと輝く瞳がこちらを向いている。
その瞳を見て、あれ?と杏寿郎は戸惑う。
杏「甘味処…いこうか?」
「はいっ!!」
泰葉の中の黒いモヤモヤは、いとも簡単にアイスクリンによって吹き飛ばされてしまった。
若い女子の間で話題のアイスクリン。
甘くて冷たいのだとか。
氷菓子のようで氷菓子とはまた違うと、流行っている。
「私一度食べてみたかったんです!!まさか今日ありつけるなんて!!」
アイスクリンのある甘味処は数件あるが、夏は特に長蛇の列。
並んでいる間に自分が溶けてしまいそうだ。
なかなか機会がなかったが、涼しさが勝る秋。
長蛇の列も短くなっている事だろう。
それに、杏寿郎と並ぶなら何時間でも待てそうだ。
杏「そうか!ならば行こう!!思う存分食べるといい!!」