第58章 逢瀬
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『兄さんも大変だったなぁ。』
その声にハッとする泰葉と杏寿郎。
間も無く口付けようとしていた甘い2人を割って入ったのは、1人の中年の男性だった。
杏「…?あなたは?」
杏寿郎が男性の方に向き直すと、泰葉は顔を真っ赤にしながら、いそいそと杏寿郎の一歩後ろに下がる。
『俺は街の蕎麦屋のもんさ。さっき女に言い寄られてて、良い男ってのも大変だなぁと思ってな。』
杏「お恥ずかしながら、それからずっと見られていましたか!」
『いや、本当はもっと早くに話しかけたかったんだが、これまた別嬪さんが現れたもんだから入れなかったのよ。』
男性がチラリと泰葉に視線を送り、にこりと微笑む。
泰葉も遠慮がちに会釈をし、にこりとした。
その微笑みに男性が頬を赤らめていると、杏寿郎が咳払いをする。
杏「して、ご主人!俺にそれだけを言いにきたのではないのでしょう?」
杏寿郎の言葉にそうだった!と思い出す男性。
ちょっと耳貸しな、と杏寿郎に屈ませると、泰葉に聞こえないように耳打ちする。
『先程の女は大宮薬局の跡取り息子の婚約者だ。』
杏「!!」
彼女は婚約している身で、杏寿郎に言い寄ってきたというのか?
杏「よもや…どういうつもりだ?」
『なんでかは知らんが…面倒な事に巻き込まれないようにだけ祈るよ。なんかあったらウチに来な。高木屋って蕎麦屋だから。』
杏「承知した!では今晩にでも一度は寄らせてもらおう!」
『おう、ありがとうな。…ところでそちらのお嬢ちゃんは?』
2人のコソコソ話が終わったら、男性が泰葉に目をやる。
杏「彼女は俺の婚約者です!」
『おぉ、そうかいそうかい。ウチは2階も設けてるからな。必要ならば使っておくれ!良い部屋用意しておくから!』
そう言って、男性は手を軽く上げ街の中に去っていった。
杏「はは…。その時は…。」
最後の言葉に、珍しく杏寿郎が困惑していたが、蕎麦屋の店主がいうことが正しければ厄介だな…と、顔を顰めた。