第58章 逢瀬
しかし、俺にこの件に関して何も迷ったりする余地はない。
なんせ心には泰葉さんしかいないのだから。
俺は一刻も早く泰葉さんと会って抱きしめたい。
そして今日という日を楽しみたい。
ただそれだけだ。
『あのっ、必要であればこれから宿にでも…』
俺の返事を待たずに話を進めるこの謎の女性には、お引き取り願わなければならない。
俺は、ふう…と一つ息を吐き、彼女に向かって自分の意思を示す。
杏「なぜそんなに俺の事を気に入ってくれたのかは分からない。
大変ありがたい話だが、その申し出には応えられない!見ての通り、俺は大切な人と待ち合わせをしている!」
俺は出来るだけはっきりと断った。
この女性は自分が美人だと自覚がある。
この手の女性は、すっぱり断ると面倒な事になると宇髄から聞いている。
逆恨みでもして後をつけられたりしては、今日が台無しになってしまう。
そんな事は避けたい。
杏「君は見たところ見目麗しいようだから、俺なんかよりも良い人が現れるだろう。」
彼女のプライドには傷つけないように言葉を付け足すと、女性はパッと表情を明るくさせて
『ありがとうございます!』
そう言って去っていった。
…ふう。
とりあえず、何事もなく済んだようだな。
胸を撫で下ろしていると、要が俺の肩に止まる。
『カァ…』