第58章 逢瀬
楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。
杏寿郎との待ち合わせは昼過ぎ。
それに間に合うように昼食を済ませ、身支度をしていた。
「さてと。これで大丈夫かな?」
咲子の部屋の姿見で後ろの確認をする。
今日ももちろん、杏寿郎の選んでくれた着物を着た。
咲「泰葉ちゃん、入るわよ。」
咲子が一声かけて襖を開ける。
咲「本当に綺麗な着物ね。」
杏寿郎が選んだ着物だと分かり、にこりと微笑む。
そして、泰葉の髪を櫛で梳かしながら、右耳の上辺りの短い髪に器用に三つ編みを編んでいく。
そして、パチンと泰葉の髪に飾りをとめた。
咲「さぁ、できた。」
鏡でその飾りを見て、泰葉は目を見開いた。
泰葉の髪に輝いているのは、金魚の髪飾り。
髪が短くなってしまってから、髪を結うこともなくなり、付ける機会を失っていたのだ。
そんな話をしたのは昨日の眠る前。
付けはしないが大事なもの。
枕元に置いて眠ろうとすると、咲子が気にしてくれたのだ。
泰葉が訳を話すと、咲子は少し貸してくれと言ってそのまま眠りについた。
「これって…」
咲「前の髪留めだと、髪を結わないと付けられなかったでしょう?だから、留め具を変えてみたの。うちにその部品があって良かったわ。」
元々の形はバレッタタイプ。
新しく付けてくれたのはヤットコピンというクリップ方式のものだった。
ただ、謎なのはいつ直したか。
今日の午前中、咲子が1人で何かをしていた風はない。
…ということは。
「まさか、私が寝た後に?」
咲「今日の逢瀬には間に合わせたいと思って。大丈夫、可愛い娘のためには1日くらい少し睡眠時間が短くなったくらい、どうってことないわよ。」
ニコッと笑う咲子の優しさに、涙が浮かぶ。
どうしてこうも良い人なのだろうか。
泰葉は咲子にガバッと抱きついた。
「奥さんっ、本当にありがとう!大好きよ!!」
咲「私も大好きよ。…ほら、今日の逢瀬、楽しんでらっしゃいね。」
咲子は何度か泰葉の背を撫で、そろそろ出発の時間だと促した。
「はい!…それじゃ、お世話になりました!またね。」
そう言って、泰葉は杏寿郎の元へと歩き出した。