第58章 逢瀬
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その頃、杏寿郎は帰り途中に、ある店へと寄り道をする。
その店は主に恋仲の男女が揃って入店していた。
中には杏寿郎のような若い男性が一人で難しい顔をしているのも、ちらほらと見受けられる。
杏寿郎が店に入れば、客の視線は品物よりも杏寿郎に釘付けだ。隣にいる恋人たちは、彼女の気を戻すのに必死である。
『いらっしゃいませ。どんなものをお探しですか?』
店員の女性がぽっと頬を赤らめながら、杏寿郎に尋ねる。
杏「婚約者である女性のために、贈りたいのだが!」
婚約者…この言葉がここにいる女性たちの心をどれ程落胆させたのだろうか。
先程までは幸せいっぱいの雰囲気だったのに、心なしかどんよりした空気が漂っている。
『では、こちらのものなどいかがでしょう?』
店員も落胆した女性の一人。
少し沈みかけた気持ちをなんとか持ち直して、杏寿郎に鍵のかかったガラスケースから品を取り出す。
杏「おぉ、綺麗だな!」
『こちらは……』
杏寿郎は店員から品の説明を受け、その他も何点か見せてもらう。
品定めをしながら、周りの女性を見るとどうにも杏寿郎の趣味とは少し合わないようだ。
杏「女性はこういうものの方が好むのだろうか?」
『そうですね…。人によるかと思いますが、控え目の方が日常的に身につけられるかとは思います。』
店員の言葉に、なるほど…と相槌を打つ。
その助言を参考に、また品定めをしてようやく2つに絞った。
杏寿郎にしては珍しくらいに吟味している。
いつもは、これだ!と即決し、判断が早いで有名な杏寿郎だが
金魚の髪飾りや泰葉に贈るものとなれば、この上なく悩む。
この姿には隊士たちが見たら、きっと熱でも出たかと心配するだろう。
「おい、どのくらい経った?」
「かれこれ1時間てところかァ?」
「煉獄さんも…悩むことあるんだな…」
そんな話をするのは義勇、実弥、玄弥。
たまたま礼回りの帰り道、杏寿郎の派手な髪を見つけた為、昼食でもと声をかけようとしたら、ある店に入る。
彼のことだからすぐに出てくるかと思ったらこの有様。
帰ればいいものの、何となく意地になりここまで来たら引き返せないと今に至る。
実「宇髄がいたら大笑いもんだろうなァ。」