第57章 大輪菊
「杏寿郎さんっ、そんなに大きな声で言わなくても…。」
他にもちらほら墓参りに来ている人がいる為、恥ずかしくなる。
杏「母上達に聞こえるように話さなくてはならないだろう!」
「確かにそうですが…!」
槇「杏寿郎、他の方は皆静かに眠っているのだ。
少し静かに話しなさい。ご先祖達には聞こえている。」
慌てる泰葉に槇寿郎が助け舟を出す。
杏「むぅ…。
では、改めて。」
「母上、この度泰葉さんと、夫婦になろうと決めました。
あの日、死にかけた日、彼女と出会い俺の中でかけがえのない存在になった。」
杏寿郎はそこまで話し、泰葉を見つめる。
杏「恋や愛にうつつを抜かしている場合では無いと思っていましたが、もう彼女のいない世界は考えられない。
とても素敵な女性です。」
そんな風に言われては、照れずにはいられない。
杏寿郎に見つめられながら、自分の顔だけでなく身体中が熱くなるのを感じた。
槇「良かったな、瑠火。俺たちの息子はこんなにも可愛らしい娘を連れてきてくれたぞ。
女の子も1人いたら…そんなことを言っていたな。」
千「そうなのですか?」
槇「あぁ。千が生まれて2年ほどの時か。
可愛い息子が2人、ここに女の子が1人でもいたら楽しいだろうとな。」
そして、遠い目をする槇寿郎。
きっと、その話をした頃には瑠火の体調は思わしく無かったのだろう。
杏「…母上、あの時最後に言った言葉が分かりませんでした。
でも、今分かった気がします。
『生きて、幸せに。』
そう言って下さったのですね。」
杏寿郎が意識を手放す直前に母が言った言葉。
あの時は聞き取れなかったけれど、今ならわかる。
…というより、ここに来たときに、また声がしたような気がしたのだ。
一連の杏寿郎の報告を聞いて、泰葉は目に涙を浮かべる。
「私、杏寿郎さんを幸せにします。瑠火様に恥じぬよう…!
一生をかけて。」
そう決意を新たに宣言する姿に、杏寿郎は目を丸くする。
槇寿郎と、千寿郎は少し笑ってしまいそうだった。
杏「泰葉さん、それはこちらの台詞なのだが。
泰葉さんを…妻を幸せにするのが俺の責務だ!」