第56章 残暑と秋
煉獄家中庭。
杏「さ、これを持って。…目隠しをするぞ。」
「は、はい…」
泰葉は木刀を渡されて、杏寿郎に手ぬぐいで目隠しをされる。
そして、中央にはよく冷えた西瓜。
少し離れたところに誘導され、そこで3回回るようにと指示される。
その通りにくるくるくると3回回ったら、もう西瓜が何処だか分からなくなった。
泰葉は少し自分に期待していた。
なんだかんだ言って、戦闘能力が働いて西瓜の気配とやらをかんじられるんじゃないか。
だけど、そんなに甘くはなかった。
今、自分は全くもって西瓜が何処だか分からない。
それに周りの人間達が何処にいるのかも分からない。
「わ、わぁ…皆さん、誘導をお願いします。」
木刀をふらふらと彷徨わせながら、泰葉は自分の中の正面を決める。
杏「左に15度向いてくれ!」
天「3歩前に進め!」
無「もう少し左向いてもいいかも。」
その指示通りに自分を操作する泰葉。
順調に思われた。
…本当に。
ここまでは。
この流れを変えたのは、しのぶ。
し「泰葉さーん、私の声のする方に来てくださぁい。」
ぱんぱんと手を叩きながら、満面の笑みで声をかける。
『え?』
周囲は何してんだ?と首を傾げた。
だって西瓜からだんだん離れていく泰葉。
しのぶは何故違う方向に呼んでいるのか…。
し「ほらー、こっち、こっちよー。」
しのぶの声のする方と言われて、ちょこちょこと移動する泰葉。
周りの声も静かになった為、本当にこの方向で合っていると思い込んでいた。
「ま、まだ前かしら?」
し「はーい、もうちょっとですよぉ。私の声に向かってきてください。」
そのまま呼び続け、完全にしのぶの目の前に泰葉がやってきた。
するとしのぶは少しずれて木刀が当たらないようにし、むぎゅっと泰葉を抱きしめた。
し「捕まえたー。」
「きゃ、きゃぁっ!」
突然の衝撃に悲鳴が出てしまった。
ニコニコと満足そうなしのぶ。
『!!!!』
周囲もまさかの行動に驚きが隠せない。
実「何してんだァ?アイツは…」
実弥がポツリと呟くと、しのぶが微笑みながら答える。