第53章 予想外
列車の中では、思い出話に花が咲いていた。
槇「しかし、あそこが西ノ宮家の墓だったとはな…。」
「私も驚きました。両親はこの時をずっと待っていてくれたのだと思います。」
槇「あの桜は、俺と瑠火も見せてもらったんだ。
今よりは本数も少なかったが、とても見事だったのを覚えている。」
そして、ふふっと槇寿郎の口元が綻んだ。
杏「父上、何か思い出したのですか?」
槇「あぁ、あの桜もきれいだが…その時の瑠火が大層綺麗だった。
それを伝えたら、顔を真っ赤にして慌てだしてな…。
後ろに下がった時に石に躓き、捻挫してしまったんだ。」
泰葉は仏壇に飾られた瑠火のほんの少し微笑んだ写真しか見たことがなかったが、美しい凛とした女性である。
そんな彼女が桜舞う中佇めば、絵になったことだろう。
「槇寿郎様はきちんと想いを伝えられていたのですね。
瑠火様も幸せだったと思いますよ。女性は、綺麗、可愛いと言ってもらえた方がより磨きがかかるそうですから。」
泰葉がニコニコしながら伝えると、槇寿郎は当時を思い出したのかコホンと咳をし、頬を赤く染めて照れてしまった。
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槇「桜も綺麗だが…どうして瑠火は何に紛れても負けないくらい美しいんだろうか…。」
こんな普通なら照れて言えない言葉がスルッと出てきたのは、2人きりという環境からか、はたまた心に留めておけぬほど妻が美しいからか。
瑠「…!槇寿郎さん…!な、何をそんな急に。どうなさったのです?」
いつも冷静で凛としている瑠火が珍しく顔を真っ赤にして口吃る。
そんな姿もなぜこんなにも愛らしいのか。
槇「瑠火…」
槇寿郎はそっと瑠火の頬を撫で、ゆっくりと唇を重ねた。
唇が離れると、瑠火は少し怒ったような顔をしながらフイッと顔を背ける。
瑠「も、もう!槇寿郎さん、ここは外ですよ!恥ずかしいではないですか!」
怒っているのではなく、この上ないほど照れているのだと思うと尚のこと愛しかった。
抱きしめようとした時、「これ以上は…」と後ろに一歩下がった瑠火は足元の石に躓き足を捻った。
槇「…すまん。」
瑠「…今度はほどほどにしてください。」
横抱きで戻った夫婦に紀彦達は目を丸くした。
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