第52章 恋敵
夜。
湯浴みを済ませた泰葉と杏寿郎は布団を敷き、眠る準備をする。
杏「明日でまた東京に戻るな。」
「うん…。」
杏「…寂しいか?」
杏寿郎が少し困ったように微笑む。
なんとなく答えがわかるからだ。
「寂しいって言ったら…?」
躊躇いがちに、そう口にする泰葉にやはりな、と笑った。
杏「だろうな、と思った。誰でも故郷は居心地がいいものだ。
このまま残ると言われたら、それは話が別だがな。」
杏寿郎は敷き終えた布団に入る。
泰葉もそれに続いて布団に入った。
杏「…泰葉さん、抱きしめても良いか?」
「いつもはそんなこと聞かないのに。」
杏「ふむ。気になったら聞くように約束したからな。」
「そういう意味じゃないでしょ。」
くくっと笑いながら泰葉は掛け布団を上げて、どうぞ。と招く。
杏「む…。そう招かれるのも悪くない。」
少し頬を赤らめた杏寿郎がもぞもぞと泰葉の布団へと潜り込んできた。
そして、泰葉の頭の下に腕を通し、腕枕の状態にして抱きしめる。
杏「明日、浩介殿が会いに来ると思う。
何かを言われたとしても、泰葉さんは自分の気持ちに素直でいてくれ。」
「ん?こうちゃんが?」
杏「あぁ。俺は今まで悔いなく生きてきたと思っている。
泰葉さんがどのような答えを出そうと、俺は受け入れる。」
万が一、泰葉が浩介を選んだとしても、それは泰葉が出した答え。
受け入れるしかない。
「ねぇ、こうちゃんと何があったか分からないけど、杏寿郎さんはもっと自分の感情を出して良いのよ?
少なくとも私の前では…見せて欲しいな。」
泰葉の前では喜怒哀楽、寂しさも、我が儘も。
それがどんな形だって受け入れる。
泰葉はそんな気持ちだった。
杏「む…。」
杏寿郎は泰葉の目を見て少し悩むような仕草を見せる。
杏「では、直接抱きしめたい…。」
「ん⁉︎」
直接?直接とは…?
今こうしているのは直接ではないのか?
「ど、どうぞ?」
どうすればいいのか分からず、とりあえず両手を広げる。
杏「それじゃ…」