第52章 恋敵
泰葉はふぅ、と息を吐いて杏寿郎の入って行った部屋の前へと来た。
「杏寿郎さん、入るわよ?」
杏「……。」
返事はないが、そっと襖を開けた。
薄暗くなった部屋の壁にもたれかかった杏寿郎がこちらを見る。
その姿はとても色っぽかった。今は言えないが。
「杏寿郎さん、何を考えているか、聞いても良い?」
杏「…難しい質問だな。」
「じゃぁ、あなたの心を暗くさせてるのは何?」
泰葉の質問に、うむ…と小さく唸る。
杏「…俺は泰葉さんをだいぶ知ったつもりでいた。
しかし、今日だけで泰葉さんの知らない姿を見た。」
「例えば?」
杏「君の好物はずっと柘榴だと思っていた。桃だと知らなかった。」
杏寿郎の悩みは案外小さな事だった。
しかし、その小さな事は恋人、夫婦になる相手となると大きな問題なのだ。
「それは、私が謝らないといけないわ。
だって、桃が好きだなんて一度も言ったことがないんだもの。」
泰葉は杏寿郎の隣に腰を下ろす。
「でも、柘榴が好きなのも本当。ゼリーにするとより美味しいから好き。」
杏「それに、泰葉さんが桃を取りたかったことに気づかなかった。」
浩介にも抱き上げられた泰葉の姿を思い出すと、また胸が締めつけられる。
「あれは…まさか、あんなことになるとは思っていなかった。
私もはっきりどうしたいか言えばよかったわね。
ごめ「泰葉さんは悪くない。」
杏「俺が気づかなかったのが、不甲斐ないんだ。
君を幸せにすると誓ったばかりなのに…」
手の甲を目元に当てて悔やんでいる杏寿郎。
そんな様子に泰葉は肩を下げた。
「杏寿郎さん、私の幸せって誰が決めるの?
私は幸せだと思っていても、あなたが違うと思ったらだめ?」
杏「それは違う!泰葉さんの幸せは泰葉さんにしか分からない!」
「でしょう?だから幸せにすると言ったのに…そう思うなら、私の顔をよく見てて?自分でも確かに取りたかったけど、杏寿郎さんに取ってもらっても、とても嬉しいわ。」
そっと杏寿郎の膝に置かれた手を握り、親指で手の甲を撫でた。
ゴツゴツと骨張った手は、やはり男らしい。