第52章 恋敵
けれど、泰葉の身長で届くはずもない場所。
それなのになぜ届いたか。
「こ、こうちゃん⁉︎」
浩介が泰葉を抱き上げていたからだった。
浩介は2人の様子が気になり、付かず離れずの距離にいた。
そして、杏寿郎が取ろうとしている隣で、自分で取りたかった、という顔をしているのを見逃さなかったのだ。
浩「自分で取りたかったんだろ?」
「…よく分かったね。」
その様子にショックを受ける杏寿郎。
泰葉の表情に気づかなかったなんて…。
人の感情の機微には敏感な杏寿郎は、その性格もあって気遣いもできるし人望も厚かった。
それなのに、1番近くにいて1番大切な人の気持ちに気づかなかった。
「こうちゃん、ありがとう。取れたから下ろしてくれる?」
浩「あ、あぁ。」
一方で浩介はこのまま抱き抱えていたかった。
抱きしめたいと思った。
しかし、それはできなかった。
「杏寿郎さん、私の方が早かったわね。
助け舟があったけど。」
そう無邪気に笑う先は杏寿郎だったから。
泰葉を中心に、男2人の心中は掻き乱された。
そんな事はつゆ知らず。
桃を手にして喜ぶ泰葉。
『難儀よのう。』
お爺さんは、ふぅ、とため息をついた。