第50章 列車の旅
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杏「はぁーっ…」
「珍しいわね。杏寿郎さんがそんなに緊張するだなんて。」
杏「流石にな…。人生の中で一度しかない時だ。それに、俺だけじゃなくて周りの人生も変えてしまう。」
話も一度終わり、泰葉と杏寿郎は部屋に入った。
ここは以前まで泰葉が使っていた部屋。
特に何があるわけではないが、2人の部屋にと割り当てられた。
襖を閉じるなり杏寿郎は大きく溜息をつき、泰葉の首元に頭を預けた。
スリスリとすり寄ってくる姿はもはや大型犬か、大きな猫か…
泰葉は頬に触れるふわふわとした髪を撫でる。
杏「君…今俺を犬か猫かと思っているだろう。」
「思ってないですよ。」
杏「嘘だ。今ピクッと肩が震えた。」
どうやら杏寿郎に、嘘は通用しないようだ。
「それより、辛くない?寝転んだらどう?」
泰葉は畳に座り、膝をトントンと叩いてここに頭を乗せるように促した。
杏「泰葉さんの実家で甘えさせてもらうのは、些か気が引けるな。」
「あら?じゃぁやめときます?」
杏「いや!是非ともお願いしたい!」
そう言って寝転ぶ杏寿郎。
この約1ヶ月、何度かこうして甘えるようになった。
泰葉的にはいつでも気の赴くままに来てもらいたいものだが、今まで甘えることなどなかったからだろう。
ぎこちなく擦り寄ってくる。
「こちらを向くのね?」
膝枕をしてやるのは良いが、どうも毎回こちらを向いて寝転ぶ杏寿郎。
杏「あぁ。その方が君と近く感じる。」
少し恥ずかしいが、これで杏寿郎が落ち着くなら…と、泰葉はそのまま髪を撫でる。
短くなった髪。いくらか青年らしさが増した気がする。
…年相応というべきか。
「あれ…杏寿郎さんの髪、緋色のところが戻ってきた。」
杏寿郎が髪を切った時、後ろの緋色部分は全て無くなってしまった。
しかし、今見てみると所々緋色が戻っているではないか。
杏「あぁ、何度か切った時もそうだったな。
しばらくするとまた、色が戻るんだ。不思議とな。」
「…どういう仕組みなんでしょうね?」
2人で考えもしない疑問を呈しながら穏やかな時間が流れた。