第43章 仇と執念
炭治郎は伊之助の感知能力について話したことを思い出す。
『殺気を込めて見てくる奴は一発で分かるぜ!
殺気って体の皮にグサグサ刺さってくるんだぜ!』
伊之助も研ぎ澄ました皮膚の感覚で、目に見えないものを感知していた。
『殺気を出さずに近づけりゃ気付かれねぇ。
殺せない奴はいない!』
猗窩座の言う闘気とはなんだろう?
殺気とは違うのか?
闘う意志?
鍛錬した時間?
それとも量?
猗窩座の闘いの羅針盤を狂わせる方法はないか?
闘気
磁石
羅針盤
感知
殺気
至高の領域…
炭治郎は幼き頃を思い出す。
・・・・・・
炭治郎の父は植物のような人だった。
感情の起伏がほとんどない人で、いつも穏やかだった。
「父さんはヒノカミ神楽を舞う時、何を考えているの?」
一年に一度、年の始めに代々竈門家が行ってきた神楽は日没から夜明けまで延々続けて舞う、過酷なものだった。
全部で12ある舞い型を夜明けまで、何百何千何万と繰り返す。
「もし父さんが辛かったら来年から俺が代わるよ。父さんの体が心配なんだ。」
「ありがとう、炭治郎。
でも、辛いと思ったことはない。
大切なのは正しい呼吸と正しい動き。
最小限の動作で最大限の力を出すことなんだ。
そうすると段々と頭の中が透明になってくる。」
五感を開き自分の体の形を血管の一つ一つまで認識する。
沢山の事を覚え吸収した後は必要でないものを削ぎ落とす。
その動きに必要なものだけ残して閉じる。
頭の中が透明になると"透き通る世界“が見え始める。しかし、それは力の限りもがいて苦しんだからこそ届いた領域。
父が病死する10日前、熊が人を襲い喰らう事件が起こった。
立ち上がった熊は9尺はあろうという巨躯だった。
病気の父は斧一本で熊と対峙していた。
熊に警告をしたが、牙を剥いてきた時、人間の胴体ほどの太さがある熊の頸が鈴の音と共にコトンと落ちた。
父の匂いは少しも揺れなかった。
熊の首を切る前後で恐怖もなく、怯みもせず、さっきも放たず
ただいつも通り、植物のような気配の父がそこにいた。
父は自分の力をひけらかすような人じゃない。
後になって気づいた。あれは見とり稽古をさせてくれたんだ。
透き通る世界が見える父さんの体捌きから俺が学べるよう。