第32章 報告と離れ
泰葉は家に入る。
玄関を閉めたところで、心臓はバクバクいっていた。
あの日、想いが伝わった時も沢山の口付けをした。
毎日しているわけではないが、ことある事にしてくるという事は…。
「杏寿郎さんて…口付けが好きなのかしら。」
そう言って、指先で唇をなぞった。
杏寿郎が口付けする時、あの力強く開かれた目を優しく細めて近づいてくる。
それがなんとも色気を纏い、動けなくなってしまう。
「はぁ〜…、私の方が年上なのに私には全く余裕ないじゃない…」
大きくため息をついて、自分を落ち着かせながら夕飯の支度をする。
…と言っても、ずっと家を空けていたのを忘れていた。
食材を空にして行ったので、食べるものがない。
まだ暗くはないので、夕飯になるものを商店街まで買いに行こう…。
と思った時、玄関がトントンとなった。
曇りガラスに映る人影を見ると、女性が立っている。
泰葉が戸を開けると、咲子が立っていた。
咲「泰葉ちゃん、おかえり!
無事に帰ってきてくれて何よりだわ!」
そう咲子に抱きしめられると、実は無事でもなかったな…と罪悪感が生まれ、苦笑した。
「ありがとう。…あ、お土産なんだけど…」
そもそも、買えるところなんて無かったし、それよりそれどころではなかった。
咲「あはは!そんないいのよ、泰葉ちゃんが元気でいてくれればそれでよし!」
「それに…、私に話すこともあるんじゃないの?」
ニヤニヤしている咲子の表情を見るに、杏寿郎とのことを聞きたいのだろう。
「えっ!どういうことですか⁉︎まさか、見てた⁉︎」
咲「何も見てないわよー。
それより、ご飯ないでしょう?うちで食べない?」
白々しい誤魔化しに泰葉は、真っ赤になりながらも、咲子の嬉しい誘いに目を輝かせた。
「いいのっ⁉︎嬉しい!今から買いに行こうと思ってて!」
咲「旦那と2人で食べるより、賑やかな方が美味しいわ。
さ、どうぞどうぞ。」
泰葉はつくづく親切なお隣さんがいて良かったと思った。
そして、尚更心は揺れ動いてしまう。