第3章 蝶屋敷
だが…
と、杏寿郎は話を戻す。
杏「寸前で頸を守られてしまったんだ。そして奴は俺の鳩尾を確実に狙った。
…しかし、そこで彼女が奴の腕を蹴り飛ばしてくれたので、俺は急所を回避できた。そうでなければ、俺はここにいない。」
し「…っな、そんなこと…!」
杏「あぁ。普通の人間にはできるはずがない。
あの一瞬にも満たない間に入ったのだから。
少しでもズレたなら彼女の命もなかっただろう。」
そして、まだ驚く事があった。
杏寿郎でも死を覚悟したほどの強さを持つ猗窩座と泰葉が互角、もしくはそれ以上で戦っていたというのだ。しかも、素手で。
杏「奴は、女は喰わないと言っていた。だから、彼女には血鬼術は使わずに本来の力で戦っていたかもしれないが、それにしても…だ。」
日輪刀を持たない泰葉では、猗窩座を倒すことはできない。
なので、杏寿郎の援護を頼み、頸までたどり着いた。
しかし、己の身をちぎり捨て、逃してしまった。
杏「手を貸してもらっても尚、取り逃すとは…不甲斐ない。」
杏寿郎は拳を握りしめる。
杏寿郎の気持ちを思うと、全員が胸を痛めた。
しのぶは粗方の流れを理解した。
その戦闘能力を持っている泰葉は只者ではない。
だからといって、彼女は鬼などではない。
し「やはり、泰葉さんから話が聞ければ良いのですが。」
杏「…彼女は?」
しのぶは横に頸を振る。
し「泰葉さんには列車に乗り、下弦の壱に眠らされる所までの記憶しかありません。」
杏「……。」
し「竈門くん達に会っても、特に変わりはありませんでした。
なので煉獄さんに会えば、何か思い出すのではないかと。
彼女にも、煉獄さんが起きたら面会することは了承済みです。」
しのぶをはじめ、炭治郎達は杏寿郎が泰葉にすぐにでも会おうとすると思っていた。
しかし、杏寿郎から返ってきたのは意外なものだった。
杏「もう少し、時間をくれないだろうか。」
炭「…え?」
杏「…できれば俺も話をして、思い出せるのであればそうして欲しい。
現に俺は命を救われたも同然。鬼殺隊の為になってくれるのならば、この疑問を解消すべきだと思う。」
しかし…と、続ける。
「彼女はあくまで一般市民。
俺の記憶では、死にかけの俺をみて『生きて』と涙を流していた。」