第14章 お館様
ふと思ったが、あの日以来家には帰っていない。
寝室などもそのままだろう。もしかしたら、嫌な何かが残っているかもしれない…と、玄関を開ける手が震えた。
杏寿郎は泰葉の様子に気付き、後ろから震える泰葉の手を握る。
杏「…大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい…。あの夜から…帰っていなかったから…。
何かがあったらどうしようって。」
怖い思いをしたのだ。
恐怖心をぶり返してもおかしくない。
杏「泰葉さん、俺が先に入ってもいいか?」
怖がらないように、優しく問いかける杏寿郎。
泰葉はその声を感じるように、そっと目を閉じて頷く。
杏寿郎は泰葉から鍵を受け取り、
ガチャ…
と、開ける。
泰葉は杏寿郎の背中に隠れ、着物をキュッと握った。
カラカラ…と引き戸を開けると、しん…と静まり返った室内。
カチカチと時計の音だけがしている。
家のほとんどは荒らされることは無かった。
しかし、心配なのは寝室。
「し、寝室が…」
泰葉は確認したいが、怖くて堪らない。
杏寿郎は、女性の寝室に入るのもな…と思ったが、確認しないと泰葉は安心できないだろう。
杏「寝室に…入っても?」
泰葉は頷いた。
泰葉に誘導され、寝室へと向かう。
そっと襖の戸を開ける。
泰葉はギュッと目を瞑った。
杏「…泰葉さん、どうやら咲子さんが整えてくれたようだ。」
泰葉は杏寿郎の言葉を聞いて、恐る恐る部屋を見る。
そこには、布団は綺麗に畳まれており、洗濯や掃除もしてくれてあるようだ。
それに安心したのか、カクンと膝から崩れ落ちた。
それを杏寿郎は受け止める。
そして泰葉を抱きしめた。
泰葉の鼻に、杏寿郎の陽だまりのような、暖かい匂いが掠める。
杏「怖かったな…。
もう大丈夫。何もいない。」
泰葉の目から、静かに涙が流れる。
辛いとかではなく、安心の涙。
「杏寿郎さんは、お日様のようですね…」
泰葉は杏寿郎の腕をそっと押して、顔を見る。
杏「お日様か!光栄だな!」
そう言って笑う杏寿郎は泰葉の心を溶かしていった。