第12章 記憶
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夜。
杏寿郎は松葉杖をつきながら、泰葉の部屋の前まできた。
コンコンと扉を叩く。
…。
返事はない。
そっと部屋に入る杏寿郎。
今は落ち着いているようで、静かな寝息が聞こえている。
杏寿郎はベッドの横に置いてあった椅子に腰掛ける。
杏「辛い思いをさせてしまったな…。」
泰葉の顔が月明かりで照らされている。
杏「また、記憶を無くしてしまうのか?」
次に目を覚ましたら、自分のことも覚えていないのではないか。
そう思うと、胸が痛んだ。
しばらく泰葉の寝顔を見つめる。
目を覚ましそうもなかったので、今日は引き上げようと、松葉杖を使って立ち上がった。
その時。
「はぁ、はぁっ」
急に泰葉の呼吸が荒くなった。
眉間に皺を寄せて苦しそうにしている。
顔も赤くなり、汗も滲み始めた。
杏寿郎は慌てて泰葉の額に手を当てる。
熱がぶり返しているようだ。
杏寿郎はベッドの脇の棚から解熱剤と書かれた粉薬を取り出した。
泰葉の部屋に行く前に、しのぶから
もしかすると、解熱剤が切れて熱をぶり返すかもしれない。
その時はこの薬を飲ませてやってくれ、と言われていた。
杏寿郎は泰葉を少し起こして、薬を飲ませようとした。
しかし、朦朧とするのか、うまく口が開いてくれない。
杏「頼む、泰葉さん、口を開けてくれ。」
水を口に流し込んでも飲めないようで、咳き込んで口の端から出てきてしまう。
このままでは更に苦しくなってしまう。
しのぶを呼ぶしか…
しかし、苦しがっている泰葉を、そのままにもしておけない。
杏「泰葉さん、すまない。」
杏寿郎は粉薬を自分の口に含み、少し唾液で湿らせる。
そして、泰葉の口に自分の口を付けて、舌で出来るだけ奥の方へと薬を押し込んだ。
「んぅ…ん…ん…」
少し息苦しそうな、声を漏らす泰葉。
泰葉の舌の根元辺りに薬がついたのを確認して、杏寿郎は水を口に含み、ゆっくりと泰葉の口に流し込む。
咽せてしまわぬように、ゆっくり、少しずつ。
初めは「ぐふっ…」と吐き出そうとしていたが、杏寿郎の口に抑えられていたこともあり、少しずつ飲み込むことができているようだ。