第69章 私は…
「なんか…!そうだけど…語弊が…間違いじゃないんだけど…。」
決して嫌いになって別れを切り出したのではない。
だが、泰葉から杏寿郎を一方的に拒絶したのも、これまた事実には変わりなかった。
実質、杏寿郎を振ったということになるのだろう。
(なんだか…私なんかが杏寿郎さんを振ったなんて…周りから怒られそうな案件だわ…!!)
「あのね、本当は杏寿郎さんと話してから今後のことを決めようと思ったの。
…でも、夢に出てくるあの男達が、私に言うの。
杏寿郎さんの隣にいて良いはずがないって。」
泰葉は杏寿郎の手をそっと外し、自分の両手を握り合わせた。
「だって…私…あの男達に好きなようにされたのよ…?
抱かれてはないみたいだけど、身体中には痕をつけられた。
それに…杏寿郎さんしか知らないはずの…声も出してしまった…。」
思い出せば、また涙が滲む。
そうだ、だから杏寿郎から離れることを決意したのだ。
(それなのに…優しさに甘えてしまう…。)
杏「うむ…。そのことは、申し訳ないが知っている。
胡蝶からも聞いたし、痕に関しては俺も見ている。
その上で、俺が痕を上塗りしたんだ。それで泰葉さんは余計にショックを受けてしまった。」
「それにね…私には、もう力はないみたいなの。
戦えると…思ってた。けど、全然力が入らなくて。
男を殴ったけど、全く効いてなかった。」
泰葉は自分の掌を開いては閉じてと動かす。
その手は人など殴ったことのない手、そのものだった。
杏「…いいんだ。もう、殴らなくたって…。
もうこれからは、必ず殴らないで済むようにする。」
「それに…治癒能力も無くなっちゃった…。
杏寿郎さんも、誰の事も治せない。」
杏「あぁ。もう鬼もいない。これから起きる傷は、負うべき傷だ。必要なら医者に行くし、自分の力で治していくさ。」
「それから……っ」
杏寿郎はぐいっと泰葉の腕を引き、杏寿郎の胸元に泰葉の顔を押し付けた。
苦しくないように配慮され、杏寿郎の香りが鼻腔を満たす。
それだけで、逆立ち始めた気持ちが、また撫でられるようだった。