I don’t want to miss a thing.
第1章 …I'll be there for you.
ピンポーン…
「椿木さん、俺。」
椿木さんの家のドアの前に立ち、インターホンを押す。
暫しの沈黙のあと、ガチャリとドアが開く。
そして、中から「おかえり、タカちゃん」と笑顔の椿木さんが顔を出す。
彼女の優しい笑みを見れば、先ほどまでの疲れなんて、どこかに消えてしまうようだった。
「…って、また喧嘩ぁ?ほっぺ、痛そうだね…」
「あー、ちょっとな。」
殴られた頬の傷が腫れているのか、椿木さんは心配そうに俺の顔を凝視する。
それを適当に笑って誤魔化せば、椿木さんは「まったくどうしてみんな喧嘩ばっかするかな」とか言いながら俺の腕を掴んで家の中へと入れた。
「ちょっとここ座ってて。今、救急セット持ってくる。」
久しぶりに足を踏み入れた椿木さんの家は、椿木さんと同じ甘くて優しい香りに満ちていた。
俺は椿木さんの後ろ姿を見つめながら、幸せな気分に浸る。
通されたリビングの机には、写メで送られてきたルナとマナが書いたのであろう絵が置いてあった。
「お待たせ…ちょっと見せて。」
「ん。」
この位の傷、普段なら放っておくが、いつも笑顔の椿木さんが、怒っているというよりも少し悲しそうな顔をするので、俺は黙って椿木さんの言う通りにする。
少し冷えた細い指先が俺の頬を撫でる。
誰かに面倒を見てもらうという経験に慣れてなくて、ひどくこそばゆい気持ちに駆られる。
「少し切れちゃってるから、ちょっと沁みるかも…。」
「おう。」
消毒液を含んだ綿が、俺の頬をポンポンと刺激すると、鋭い痛みが頬を襲った。
「ッ痛。」
「…ごめんね、すぐ終わるから。」
不意に口から零れた俺の言葉に眉根を下げて、謝る椿木さん。
真剣な表情をしながら傷の手当てをしていく彼女のことを俺はじっと見つめる。
風呂から上がって間もないのか、薄いTシャツにショートパンツという姿に、少し上気した薄っすらとピンク色に染まった頬。
まだ少し濡れている髪からは、椿木さんが動くたびにシャンプーの甘い香りが俺の鼻をくすぐる。
先程、椿木さんへの想いを自覚した身としては、好きな女の子の風呂上りの姿ほど心臓に悪いものはないな、なんて、俺は密かに苦笑した。