I don’t want to miss a thing.
第1章 …I'll be there for you.
椿木さんは、辛いとか悲しいとかそういうネガティブな感情を全く表に出さないので、心が強い子だなと心底思う。
この気丈に振舞う後ろの彼女に、少しでも多くの幸せな出来事がこの先も沢山訪れるようにと、時々柄にもないことを思ったりもする。
信号待ち、俺は家を出る前の押し問答をふと思い出し、後ろの彼女に声をかける。
「あ、そうだ。…悪ぃんだけどさ、今日もうちで飯食ってってくんねぇ?あいつら、すっかり椿木さんに懐いててさ、俺ばっかりずるいって、駄々こねやがってよ。」
そうすれば、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせて、「私でよければ喜んで!」と言った。
そして、「今日は何作ろうか?餃子とかよくない?」とか言いながら一人でニコニコと楽しそうにしている。
俺はそんな椿木さんの楽しそうな表情を見て少し安堵しながらも、「一人の時間とか欲しかったら無理しないで言ってな。」と付け加えた。
すると、「おー相変わらず、気配り上手だね、三ツ谷くん!」と言って椿木さんはニコッと笑った。
俺は結構、いやかなり、彼女の爽やかな明るさに救われていると思う。
「はは、一応、兄貴だかんな。」
そう言って俺も笑えば、椿木さんも楽しそうに笑った。
「……なぁ、もう『タカちゃん』って呼んでくんねぇの?」
俺はふとそんな事を思い出して、暫しの沈黙の後、椿木さんの方を見遣る。
そうすれば、椿木さんは、きょとんとした顔を浮かべていた。
「椿木さんにそうやって呼ばれんの、俺結構好きなんだけど。」
不意に口から出た言葉だったが、そこまで言うと、自分で切り出しておいた癖に俺は少し照れくさくなって、ふいと目線をそらす。
すると、「わかった、これからタカちゃんって呼ぶ!」と明るい声が聞こえてきて、ほっとする。
バックミラー越しに椿木さんをチラリと伺えば、ふわりと笑った椿木さんと目があった。
「うん、やっぱそっちのがいい。」
俺はそう言って、口角を上げた。