I don’t want to miss a thing.
第1章 …I'll be there for you.
八戒に呼び出した用件を聞けば、「暇だったから、タカちゃんの顔見に来た!」と特段用事がない様子だったので、俺は八戒を一蹴して、部室へと踵を返した。
去り際、「タカちゃん、せっかく来たのにひでぇーよ!最近付き合い悪いしさー!」などと後ろから罵倒が飛んできたが、シカトを決める。
ったく、用もねぇのに呼び出しやがって。
弟分に半ば呆れながらも、俺は数刻前の椿木さんの去り際の言葉を思い返す。
『 じゃあ、タカちゃん、また後で 』
そう言って明るく笑った彼女の笑顔を思い出すと、口元がだらしなく緩むのを感じた。
男女関係なく、八戒と家族を除いては誰しもが、三ツ谷もしくは三ツ谷君と呼ぶ。
女の子に『タカちゃん』と呼ばれる経験なんてなくて、内心かなりドキッとしたのは否めない。
たかが呼ばれ方一つだが、三ツ谷くんと呼ばれるよりも『タカちゃん』と呼ばれる方が親密な感じがしていいな、なんて思う。
今夜迎えに行った時、椿木さんはまた『タカちゃん』と俺のことを呼ぶのだろうか?
「ちょっと三ツ谷部長!部室の前でずっとぼーっとしててどうしたの?!今日も林君のところに寄り道してきたの?!」
どうやら俺は暫く部室の前で呆然としていたらしい。
中から怪訝そうな顔をした安田さんが顔を出したことによって、我に返る。
「はは、悪ぃな。ちっと考え事してたわ。」
そう言って笑えば、安田さんに「もう…後輩も入ってきたんだから、しっかりして!先生が今度のコンクールの件で話があるって待ってるよ!」と言われた。
安田さんはそれだけピシャリと言いのけると、キビキビとミシンのある席へと腰を下ろす。
そんな彼女の姿を見ながら、安田さんは椿木さんと違って、なんというかエネルギッシュだよなぁと一人苦笑した。