I don’t want to miss a thing.
第1章 …I'll be there for you.
「はーあー、あんたとんでもないお人好しバカヤローですね。あの三ツ谷部長が惚れたのも納得ってやつですよ、ほんとに。」
「…え、タカちゃんが惚れてる?…ハハッ、ないでしょーないない!」
私は、そう言って困ったように笑った隣の椿木凛子という一つ上の学年の先輩のことを眺めた。
三ツ谷部長の近所に住む、器量のいい女の人。
私がこの椿木凛子という女の人を知ったのは中学に入学して間もない頃だった。
今でも初めてこの人に出逢った時のことを鮮明に覚えている。
あれは、まだ少し肌寒くて、でも柔らかくて心地よい春風が髪の毛をふわりと攫って行くような、そんな穏やかな昼下がりだったと思う。
父親のDVに嫌気が指して家出していた私に声をかけてくれた三ツ谷隆という男の背中を追っかけて手芸部に入部した私は、その時、安田副部長の指導のもとで慣れない針作業に苦戦していた。
正直、手芸なんてこれっぽちも興味がなかったし、細かい作業は苦手だから、手芸部の活動は私にとって、ただの苦行でしかなかった。
それでも、手芸部に入部したのは三ツ谷隆という男がいたから。
彼の好きな手芸の面白さを知りたいと思ったし、彼の一番傍にいたいと思ったから。
でも、そんな私の幼い恋心は入部早々に儚くも打ち砕かれることになる。
部室の窓から外を眺める三ツ谷部長の視線の先を知ってしまったから。
まるでこの世で一番愛おしいものを見つめるような優しさを含んだ三ツ谷部長の視線の先には、春の陽光に透かされたような儚さを携えた綺麗な女の人がいた。
春風を纏って、友人とニコニコと楽しそうに歩く彼女は、まるで世界に祝福された女神のようだと、私は不本意ながらそう思った。
それからというものの、三ツ谷先輩の視線の先にはいつだって、花が咲いたようにふわりと笑う女神のような彼女がいた。
この世の愛情という愛情全てを目一杯に注がれて育ってきたと言わんばかりの美しくて愛らしい彼女に、私は嫉妬していた。
私の欲しいものを全て手に入れてきたであろう彼女を見て、この世はなんて不公平なのだろう、と嘆いた。
でも、
目の敵にすればするほど、椿木凛子という人を嫌いになれなくなっていた。